部長と私の秘め事
「うちの女性陣は、社会の中で女性が如何に抑圧されているかを分かっているし、自分たちもその枠組みに入っていると自覚した上で、許される範囲で自由に振る舞っている。『三日月さんはさすがですね』と笑って褒められる範囲でやって、少しずつ自由の幅を広げているんだ」
「ほぉ……」
「うちの母が若かった頃は、人が集まる場では柔らかい色合いのワンピースしか許されない感じだったみたいだけど、今では『ファッションショーか!』って突っ込みたくなるぐらい、好きな服を着てるよ。いつだったかのパーティーでは、特注の帽子を被ってたな……」
「そういう、先達の努力があってこそなんですね」
「それ、本人に言うと凄く喜ぶと思うよ。あの人、着る物も家の内装も自分の趣味で固めてるから、褒められると大喜び。姉と妹は母と仲がいいし、センスも似てるんだよね。だから父と俺、弟はされるがままだよ……」
フ……、と涼さんが遠い目をする。
「なんか、意にそぐわない服を着せられたとか、あったんですか?」
「あー……。子供の頃に、薄ピンクのフォーマルセットアップを着ろと言われた時は、泣いて抵抗したね……」
「ぶふ……っ」
「当時は2000年初期だったから、セットアップの短パンが短くてね。クォーターパンツって言うの? 今の子は膝丈まであるからいいよねぇ……。当時の俺、太腿出てたもんね」
「むっ……、ふふふふふふふふふふふ」
堪えきれず笑ってしまうと、涼さんが「今は昔、短パンの涼ありけり」と言い出すので余計に笑ってしまった。
「まぁ、それはそうと、当日着る物を探しにデートしようか」
「ええ? 服なら着てないのも含めて沢山ありますよ」
「彼氏の家族に会うために、服を新調しなくてどうするの」
「う……っ」
そう言われると反論できない。
「指輪は記念になる物だから、そう急がなくてもいいと思うけどね」
「はぁ……。私は正直、初回のラビティーランドでもらった、あの指輪が気に入っていますけどね」
あの指輪は一見シンプルなドットリングに見えるので、朱里と遊ぶ時とかに着けている。
「あなや! いとかなし!」
短パンの涼が古文で驚き、愛情を表す。
一見「悲しい」に思ってしまいがちだけど、「愛し」と書いて、「胸が締め付けられるほど切なく、愛おしい」という意味だったはずだ。
「ラビティーにて買い給へる指輪、いみじくも我が身に合ひにけり」
「恵ちゃんのいとかなしくて、え堪へまじう思ゆ」
古文になっても、涼さんの張り裂けんばかりの想いは変わらないらしい。
「いとワロし」
「ちょっとぉ!? せっかく雰囲気たっぷりに古文で愛を囁いて、このまま恵ちゃんの部屋に扇子に書いた歌でも投げ入れようかと思ったのに、……ワロし!?」
「部屋の中に扇子投げ込まないでください。迷惑です。バットで打ち返します」
「まさかのピッチャー返し!」
涼さんは「参った」というような顔で笑ったあと、再度隣のソファに座った。
「恵ちゃんといると、楽しいなぁ。俺が女性とこういう風に話してるって知ったら、家族もきっと驚くと思うよ」
「……そう言ってもらえるのはありがたいですけど、ご家族の前でいつものようには話せませんよ」
私もそこまで図太くない。
「ま、最初はね。可愛いネコチャンを被って、ニャンコinニャンコしてもいいけど、うちの家族に慣れてきたら、構わず俺に突っ込み入れてよ。みんな大喜びするから」
「……変わった家族ですね」
私は吐息交じりに言って少し笑う。
涼さんを見ていて、彼のご家族がとてもいい人なのは分かる。
〝持てる者〟として生まれて、色々厄介な目に遭っただろうけど、涼さんは負の感情を自分で処理して〝とても素敵な大人〟として生きている。
そうなれたのは、周囲に生き方や処世術を、教えてくれる人がいたからに他ならない。
器の大きいご家族がいるから、たとえ涼さんの連れてきた婚約者が自慢の息子に突っ込みを入れても、笑って許してくれるんだろう。
多分それが健全な在り方なのかもしれないけれど、私は〝普通〟のはずなのに歪んだ価値観を持っている人を多く知ってしまったから、いまだどこか身構えている。
三日月家の皆さんを疑っている訳じゃないけど、「一般的には……」と思ってしまうのだ。
過去に私が付き合った彼氏もどきは、男として立てなければ不機嫌になったし、涼さんにするように手厳しく突っ込んだら、きっとマジ喧嘩になっただろう。
元彼たちと付き合っていた時、私は自分を偽っていないように感じていたけれど、無意識に〝男〟を怒らせないように自分をセーブしていたと思う。
(……まぁ、私も朱里に『もっと素直になりなよ』って言われてるし、涼さんが塩対応を喜んでいる事に甘んじたら駄目なんだけどね)
だからさっきみたいに頑張って甘えてみたんだけど、上手くいかない。
「ほぉ……」
「うちの母が若かった頃は、人が集まる場では柔らかい色合いのワンピースしか許されない感じだったみたいだけど、今では『ファッションショーか!』って突っ込みたくなるぐらい、好きな服を着てるよ。いつだったかのパーティーでは、特注の帽子を被ってたな……」
「そういう、先達の努力があってこそなんですね」
「それ、本人に言うと凄く喜ぶと思うよ。あの人、着る物も家の内装も自分の趣味で固めてるから、褒められると大喜び。姉と妹は母と仲がいいし、センスも似てるんだよね。だから父と俺、弟はされるがままだよ……」
フ……、と涼さんが遠い目をする。
「なんか、意にそぐわない服を着せられたとか、あったんですか?」
「あー……。子供の頃に、薄ピンクのフォーマルセットアップを着ろと言われた時は、泣いて抵抗したね……」
「ぶふ……っ」
「当時は2000年初期だったから、セットアップの短パンが短くてね。クォーターパンツって言うの? 今の子は膝丈まであるからいいよねぇ……。当時の俺、太腿出てたもんね」
「むっ……、ふふふふふふふふふふふ」
堪えきれず笑ってしまうと、涼さんが「今は昔、短パンの涼ありけり」と言い出すので余計に笑ってしまった。
「まぁ、それはそうと、当日着る物を探しにデートしようか」
「ええ? 服なら着てないのも含めて沢山ありますよ」
「彼氏の家族に会うために、服を新調しなくてどうするの」
「う……っ」
そう言われると反論できない。
「指輪は記念になる物だから、そう急がなくてもいいと思うけどね」
「はぁ……。私は正直、初回のラビティーランドでもらった、あの指輪が気に入っていますけどね」
あの指輪は一見シンプルなドットリングに見えるので、朱里と遊ぶ時とかに着けている。
「あなや! いとかなし!」
短パンの涼が古文で驚き、愛情を表す。
一見「悲しい」に思ってしまいがちだけど、「愛し」と書いて、「胸が締め付けられるほど切なく、愛おしい」という意味だったはずだ。
「ラビティーにて買い給へる指輪、いみじくも我が身に合ひにけり」
「恵ちゃんのいとかなしくて、え堪へまじう思ゆ」
古文になっても、涼さんの張り裂けんばかりの想いは変わらないらしい。
「いとワロし」
「ちょっとぉ!? せっかく雰囲気たっぷりに古文で愛を囁いて、このまま恵ちゃんの部屋に扇子に書いた歌でも投げ入れようかと思ったのに、……ワロし!?」
「部屋の中に扇子投げ込まないでください。迷惑です。バットで打ち返します」
「まさかのピッチャー返し!」
涼さんは「参った」というような顔で笑ったあと、再度隣のソファに座った。
「恵ちゃんといると、楽しいなぁ。俺が女性とこういう風に話してるって知ったら、家族もきっと驚くと思うよ」
「……そう言ってもらえるのはありがたいですけど、ご家族の前でいつものようには話せませんよ」
私もそこまで図太くない。
「ま、最初はね。可愛いネコチャンを被って、ニャンコinニャンコしてもいいけど、うちの家族に慣れてきたら、構わず俺に突っ込み入れてよ。みんな大喜びするから」
「……変わった家族ですね」
私は吐息交じりに言って少し笑う。
涼さんを見ていて、彼のご家族がとてもいい人なのは分かる。
〝持てる者〟として生まれて、色々厄介な目に遭っただろうけど、涼さんは負の感情を自分で処理して〝とても素敵な大人〟として生きている。
そうなれたのは、周囲に生き方や処世術を、教えてくれる人がいたからに他ならない。
器の大きいご家族がいるから、たとえ涼さんの連れてきた婚約者が自慢の息子に突っ込みを入れても、笑って許してくれるんだろう。
多分それが健全な在り方なのかもしれないけれど、私は〝普通〟のはずなのに歪んだ価値観を持っている人を多く知ってしまったから、いまだどこか身構えている。
三日月家の皆さんを疑っている訳じゃないけど、「一般的には……」と思ってしまうのだ。
過去に私が付き合った彼氏もどきは、男として立てなければ不機嫌になったし、涼さんにするように手厳しく突っ込んだら、きっとマジ喧嘩になっただろう。
元彼たちと付き合っていた時、私は自分を偽っていないように感じていたけれど、無意識に〝男〟を怒らせないように自分をセーブしていたと思う。
(……まぁ、私も朱里に『もっと素直になりなよ』って言われてるし、涼さんが塩対応を喜んでいる事に甘んじたら駄目なんだけどね)
だからさっきみたいに頑張って甘えてみたんだけど、上手くいかない。