部長と私の秘め事
「録音自体に違法性はない。当事者間で録音する事を〝秘密録音〟、会話をしていた当事者以外が録音する事を〝盗聴〟と区別している。君がこの件について法的措置をとるというなら、会社に止める権利はない。……だがそれと今回のヒアリングは別だ。……小鳥遊さんはこの通り中村さんと明確に会話したにも拘わらず、『すれ違ったかもしれない、分からない』と言った。これについて説明は?」

 彼女は目の下をピクピク痙攣させ、唇を震わせている。

 やがて音声は小鳥遊さん自身が盗聴した事を自白し、《もう終わり!》と嘆いているくだりになる。

 そのうち秘書課の社員がトイレ内に入り、中村さんが啖呵を切って去って終わりになった。

「……上村さんに盗聴器入りのチャームを渡したのは事実として、盗聴器はいつから作動していた? 何を聞き、音声を媒体に録音したのか、第三者へ漏らしたのか、他にも会社の機密を漏らす目的で盗聴器を仕掛けていないか。……話してくれるか?」

 そう言われて初めて、彼女は自分のした事が嫉妬心以外の大きな事態へと発展している事に気づいたらしかった。

「ちっ、違います! そんなつもりはなかったんです!」

「だが副社長秘書の上村さんに盗聴器を渡すという事は〝そういう事〟になる」

「あ……」

 青ざめた彼女は必死に大迫課長、田辺総務部長に視線を向けるが、彼らも自分の査定に関わっているし、下手に味方をできる立場にない。

 彼女は引きつった表情でその場にいる全員を見回し、絶体絶命だと分かったあと、項垂れて泣き始めた。

「……機密漏洩なんて頭にありませんでした。……っ、私、副社長の事が好きで、上村さんと同棲していると言うし、プライベートでどんな会話をしているか気になったんです。それだけで、他の意図はありません……っ」

 そう言って小鳥遊さんは、潤んだ目で俺を見つめてきた。

「他人の私生活を盗み聞きする事を〝それだけ〟と思う価値観を、私は理解したくない」

 静かに拒絶すると、小鳥遊さんは呼吸を乱し、唇を震わせる。

「常識を逸した行為を『自分なら許される』と平然と行い、事が露見すれば知らぬ存ぜぬ、録音を聞けば逆ギレをし、最後は情に訴えようとする。……そういう人を秘書課に置いておけない。仕事は何をするにも信頼第一だが、秘書は役員のスケジュールを管理する重要な仕事だ。役員に同行する事もあるし、経営に関わる機密事項にも触れる。それを一般常識のない人に任せる事はできない」

「そんな……っ、私、他部署から入った上村さんよりずっと仕事ができます! あの人より副社長のお役に立て――」

「小鳥遊さん」

 少し強めの声で名前を呼ぶと、彼女はハッとしてとっさに感情的になった事を後悔したようだった。

「後日、人事で異動命令が出るから、それに従ってほしい。今日はもういいよ」

 内心では彼女の態度を前にかなり怒りが募っていたが、自分としても淡々と〝処理〟できた。

(今日は帰りにケーキを買って朱里を甘やかして、美味そうな顔をしているのを見て癒されよう)

 そう思って一旦〝終わり〟にしたつもりでいたのだが、小鳥遊さんは動かない。

「退室していいですよ」

 続いて声を掛けると、彼女は両手で顔を覆って「わぁああああぁああぁっ!」と泣き始めた。

 俺は溜め息をつき、困った顔で笹島さんを見る。

 大迫課長、田辺総務部長も苦い顔をしていて、人事部の担当者は律儀にも【(号泣)】と打ち込んでいて、それを見た瞬間、噴き出してしまいそうになったのを必死に堪えた。

 笹島さんは無言で立ち上がり、小鳥遊さんの傍らに立って「ご退室願います」と告げる。

 それでも彼女はなおも泣き続けていたが、笹島さんが大きめの声で「他にもヒアリングする人がいますので、あなたが泣き止む時間を待っていられません」と言うと、渋々立ちあがり、退室していった。





 次に呼ばれたのは朱里だ。

 彼女は緊張した面持ちで「失礼いたします」と頭を下げ、着席する。

「このチャームを小鳥遊さんからもらいましたか?」

 副社長として尋ねると、彼女はやや暗い表情で頷く。

「はい。少し前まで小鳥遊さんとは、社員食堂で毎日のように一緒にランチをとっていたのですが、そのチャームをくれたあとから現れなくなりました。同じ場には、商品開発部の中村さんがいました」

「他に気づいた事は?」

「……小鳥遊さんからもらった当時は、綿がパンパンに詰まっていて『固めのチャームだな』と感じました。その後……」

 朱里はチラッと俺の顔を見てから続ける。

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