部長と私の秘め事
「帰宅して副社長に報告したあと、一旦チャームを預け、返ってきた時には『妙にフワフワになっているな』と感じました」
「これはそのチャームを預かった時の写真ですが、現物で間違いありませんか?」
俺が尋ねると、分解したチャームから盗聴器が出てきた写真を、A4の紙に印刷した物を笹島さんが配る。
朱里はそれを見て少し表情を強張らせたが、覚悟を決めた顔で頷いた。
「はい。同じだと思います」
そのあとも、一通り小鳥遊さんとの接点があったかとか、盗聴される心当たりは? など尋ねたが、朱里は「特に分かりません」と答えていた。
確かにこの場にいる全員、俺と彼女が同棲している事を知っているし、ある意味茶番に似たやり取りに思えるだろう。
ただヒアリングを記録する以上、全員の前で確認しなければならない。
俺が公私混同して人事部の担当に「自宅でこういう事があったから、朱里の身にあったのはこうに違いない」など、俺が一方的に決めてはいけない。
滑稽に思えるかもしれないやり取りでも、正式な手順ではあるのだ。
朱里のヒアリングは短時間で終わり、次に課長補佐の住吉さんが現れた。
ショートカットにパンツスーツ姿の彼女は、ハキハキした声で「失礼いたします」と頭を下げ、着席した。
三十代後半の彼女は産後に復職し、バリバリ働いている。
大迫課長が『癖のある秘書課の女性のまとめ役になってくれている』と言ったように、エミリも彼女の事は信頼しているようだ。
俺は簡単に事のあらましを説明し、住吉課長補佐の意見を聞く。
「……確かに秘書課では一部、若くて美形の社長、副社長に近い位置にいるからと、その秘書になりたがる女性でギスギスしている空気はあります。全員ではありませんが、そのような雰囲気があるのは事実です」
住吉課長補佐は、まっすぐ俺を見つめて落ち着いた声で答える。
「過去に丸木さんが社内いじめを受けていたのも事実ですし、課を預かる身としては同様の出来事が再び起こった事実を重く受け止めております」
そう言って住吉課長補佐は、チラッと大迫課長を見る。
「向上心があるのは大変結構。ですが嫉妬心は自分の心の中で処理し、仕事を頑張る原動力にしてこそです。秘書課全体で役員をサポートしなければならないのに、当時副社長秘書だった丸木さん、今回は現副社長秘書の上村さんに、まともなホウレンソウをしなかったのは、社会人としてあるまじき事だと思っています」
彼女はキッパリと言ったあと、溜め息をつく。
「以前から『自分は秘書だから他の社員より立場が上だ』と驕った考えを持っている者がいる事を憂慮していました。役員の補佐をするのですから、特別感があるのは否めません。ですが他部署の社員を見下していい理由にはなりませんし、秘書課内でマウントを取り合うなど愚の骨頂です」
最後に強い口調で言ったあと、住吉課長補佐は眉間に皺を寄せて内心を吐露した。
「ですがそうなったのも、我々責任者が課を纏められなかったからです。……失礼ながら丸木さんの一件があって、大迫課長から強めに言ってくれると期待していたのですが、女性社員にいい顔をしたいのか、強気な彼女たちに意見を言えないのか、これといった対策はしないまま。……上長がハッキリとした意向を示してくれませんので、私の一存で注意すれば、課長に〝報告〟され『まぁ、そこまで言わなくてもいいんじゃないか』と仲裁される始末。……そして私は〝うるさいババア〟扱いになります」
言葉の最後に少し投げやりな雰囲気で笑ったあと、住吉課長補佐は俺を見つめてしっかりとした声で言った。
「少し前に総務部であった騒ぎも耳にしています。それ以前からあった、総務部で勤務歴の長い社員による〝お局〟的振る舞いが問題視された事も聞き及んでいます。……私はこの問題は一部の社員だけでなく、騒ぎを起こす社員がいると把握していながら、上手く取りまとめられなかった管理職にも責任があると思っています。無論、私も含めてです。……今回、小鳥遊さんや鏑木さんなど、当事者の処分を考えるのは勿論ですが、根本的に職場の環境を良くするため、副社長や人事部の方にはよくご相談いただけたらと思います。……その結果、私に管理不行き届きの罰がくだされても、甘んじて受け入れます」
彼女の言葉を聞いていて、「この人は信頼できる人だな」と感じていた。
良くも悪くも嘘がなく、物事を平等に見る目がある。
他者にだけ責任をなすりつけるのではなく、自分にも責任があったと承知した上で、職場全体の改善を求めている。
人事部の報告では、総務部の課長も同様の事を以前から口にしていたらしく、その辺も踏まえて管理職の入れ替えをしてもいいだろう。
「最後に、丸木さんや上村さんにつきましては、職歴の長い諸岡さんの目から見てもしっかりと仕事をこなし、それぞれ社長、副社長と私的な関係にある方々ですが、公私をちゃんと分けて業務に身を入れていると報告を受けています。彼女たちについては問題ないと思いますし、失礼を承知で言うなら、副社長たちも安易にご自分を狙う女性社員を横に置くよりは、安心して仕事ができるかと思います」
彼女は最後に朱里とエミリを褒めながらも、言葉の裏で「原因はそちらにも一部ある」と言ってきたように感じられた。
「これはそのチャームを預かった時の写真ですが、現物で間違いありませんか?」
俺が尋ねると、分解したチャームから盗聴器が出てきた写真を、A4の紙に印刷した物を笹島さんが配る。
朱里はそれを見て少し表情を強張らせたが、覚悟を決めた顔で頷いた。
「はい。同じだと思います」
そのあとも、一通り小鳥遊さんとの接点があったかとか、盗聴される心当たりは? など尋ねたが、朱里は「特に分かりません」と答えていた。
確かにこの場にいる全員、俺と彼女が同棲している事を知っているし、ある意味茶番に似たやり取りに思えるだろう。
ただヒアリングを記録する以上、全員の前で確認しなければならない。
俺が公私混同して人事部の担当に「自宅でこういう事があったから、朱里の身にあったのはこうに違いない」など、俺が一方的に決めてはいけない。
滑稽に思えるかもしれないやり取りでも、正式な手順ではあるのだ。
朱里のヒアリングは短時間で終わり、次に課長補佐の住吉さんが現れた。
ショートカットにパンツスーツ姿の彼女は、ハキハキした声で「失礼いたします」と頭を下げ、着席した。
三十代後半の彼女は産後に復職し、バリバリ働いている。
大迫課長が『癖のある秘書課の女性のまとめ役になってくれている』と言ったように、エミリも彼女の事は信頼しているようだ。
俺は簡単に事のあらましを説明し、住吉課長補佐の意見を聞く。
「……確かに秘書課では一部、若くて美形の社長、副社長に近い位置にいるからと、その秘書になりたがる女性でギスギスしている空気はあります。全員ではありませんが、そのような雰囲気があるのは事実です」
住吉課長補佐は、まっすぐ俺を見つめて落ち着いた声で答える。
「過去に丸木さんが社内いじめを受けていたのも事実ですし、課を預かる身としては同様の出来事が再び起こった事実を重く受け止めております」
そう言って住吉課長補佐は、チラッと大迫課長を見る。
「向上心があるのは大変結構。ですが嫉妬心は自分の心の中で処理し、仕事を頑張る原動力にしてこそです。秘書課全体で役員をサポートしなければならないのに、当時副社長秘書だった丸木さん、今回は現副社長秘書の上村さんに、まともなホウレンソウをしなかったのは、社会人としてあるまじき事だと思っています」
彼女はキッパリと言ったあと、溜め息をつく。
「以前から『自分は秘書だから他の社員より立場が上だ』と驕った考えを持っている者がいる事を憂慮していました。役員の補佐をするのですから、特別感があるのは否めません。ですが他部署の社員を見下していい理由にはなりませんし、秘書課内でマウントを取り合うなど愚の骨頂です」
最後に強い口調で言ったあと、住吉課長補佐は眉間に皺を寄せて内心を吐露した。
「ですがそうなったのも、我々責任者が課を纏められなかったからです。……失礼ながら丸木さんの一件があって、大迫課長から強めに言ってくれると期待していたのですが、女性社員にいい顔をしたいのか、強気な彼女たちに意見を言えないのか、これといった対策はしないまま。……上長がハッキリとした意向を示してくれませんので、私の一存で注意すれば、課長に〝報告〟され『まぁ、そこまで言わなくてもいいんじゃないか』と仲裁される始末。……そして私は〝うるさいババア〟扱いになります」
言葉の最後に少し投げやりな雰囲気で笑ったあと、住吉課長補佐は俺を見つめてしっかりとした声で言った。
「少し前に総務部であった騒ぎも耳にしています。それ以前からあった、総務部で勤務歴の長い社員による〝お局〟的振る舞いが問題視された事も聞き及んでいます。……私はこの問題は一部の社員だけでなく、騒ぎを起こす社員がいると把握していながら、上手く取りまとめられなかった管理職にも責任があると思っています。無論、私も含めてです。……今回、小鳥遊さんや鏑木さんなど、当事者の処分を考えるのは勿論ですが、根本的に職場の環境を良くするため、副社長や人事部の方にはよくご相談いただけたらと思います。……その結果、私に管理不行き届きの罰がくだされても、甘んじて受け入れます」
彼女の言葉を聞いていて、「この人は信頼できる人だな」と感じていた。
良くも悪くも嘘がなく、物事を平等に見る目がある。
他者にだけ責任をなすりつけるのではなく、自分にも責任があったと承知した上で、職場全体の改善を求めている。
人事部の報告では、総務部の課長も同様の事を以前から口にしていたらしく、その辺も踏まえて管理職の入れ替えをしてもいいだろう。
「最後に、丸木さんや上村さんにつきましては、職歴の長い諸岡さんの目から見てもしっかりと仕事をこなし、それぞれ社長、副社長と私的な関係にある方々ですが、公私をちゃんと分けて業務に身を入れていると報告を受けています。彼女たちについては問題ないと思いますし、失礼を承知で言うなら、副社長たちも安易にご自分を狙う女性社員を横に置くよりは、安心して仕事ができるかと思います」
彼女は最後に朱里とエミリを褒めながらも、言葉の裏で「原因はそちらにも一部ある」と言ってきたように感じられた。