部長と私の秘め事
それからしばらくの間、俺と宮本は仕事でどんどん成果を上げながら、プライベートでは恋人として過ごしていた。
――が、別れは突然訪れた。
年明け、宮本が会社を無断欠勤した。
体調が悪いのかと思って連絡を入れようとしたら、あいつからブロックされている事に気づく。
『…………は?』
(……俺、何かやったか?)
宮本の事は信頼していた。
今まで俺に近づいては勝手に離れていった女たちとは違い、あいつは思っている事をそのまま言うし、俺に非がある時は、真っ向から意見を言うハッキリした性格をしている。
だから笑顔で接しているのに裏では……、という事は絶対にないと思っていたので、いきなりブロックされて混乱した。
その日は一日落ち着かずに過ごし、終業と共に退勤して宮本の家へ向かった。
合鍵を使ってオートロックを開け、あいつの部屋がある階まで上がるとチャイムを鳴らす。
だが応じる気配はまったくなく、焦燥感に駆られた俺は何度もチャイムを鳴らし、ドアをノックした。
『宮本! 宮本!』
しばらくそうしていると、『うるさいなぁ……』と隣の部屋のドアが開いた。
顔を出したのは四十代半ばの女性で、彼女は迷惑そうな顔で俺を見ると、酒焼けした声で言った。
『隣の人なら引っ越したよ』
『…………は? …………いつですか?』
『日付は覚えてないけど、年末に夜逃げするように出てったね』
『夜逃げ……』
その単語を聞いて、俺は呆然として立ち尽くした。
女性は、もう用は済んだと言わんばかりに、バタンとドアを閉める。
俺はしばらく、もう宮本が住んでいない部屋のドアを見つめていた。
(夜逃げ? どうしてだ? 借金があった? ……いや、そんな様子はなかった。……なら、どうして……。困ってたなら言えよ! 何で俺に相談しなかったんだよ!)
心も体も、どんどん冷えていくのが分かる。馴染みのあるこの感覚は――、絶望だ。
『……宮本』
俺は彼女を呼び、最後にもう一度、祈るようにドアノブをひねる。
だが願いは叶わず、俺はゆっくり手を下ろしながら溜め息をついた。
『…………凜』
――彼女が好きだった。
宮本となら付き合っていけると思っていた。
照れくさいから黙っていたが、指輪を贈るために、こっそりとジュエリーブランドをリサーチしていた。なのに――。
『…………何も……っ』
彼女に、何も贈る事ができなかった。
宮本は『金銭的な借りを作りたくない』と言って、恋人になっても何もねだらなかった。
デートをしても割り勘で、テーマパークなども行きたがらず、彼女とのデートは公園をブラブラ歩いたり、海へ行く事。
俺はもっと宮本にご馳走したり、プレゼントをしたかったのに、彼女はそれを許してくれなかった。
『…………こうなるなら…………っ、指輪の一つでも贈っておけば良かった……っ』
ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ俺は、ドアに額をつけて嗚咽し始める。
しばらく泣いたあと、がらんどうになった俺はふらりと帰路についた。
まるであの時みたいだ。
高校を卒業してもどこにも行けず、篠宮ホールディングスで飼い殺しにされると分かった絶望の日。
恋人を失った分、あの時より喪失感が強い。
俺は茫然自失としたまま家へ帰り、そのあとも魂が抜けたように過ごした。
篠宮家では、息子二人が実家を出て一人暮らししたあと、父の意向で月に一回家族全員が集まって食事をする事になっていた。
家族全員同じ会社に勤めているとはいえ、バラバラに住んでいるので近況報告のためらしい。
宮本を失った俺は仕事に対する熱意を失ったが、無責任な事はしたくなく、何事も淡々とこなすようになっていた。
その様子を、怜香はどこかから聞いていたのだろうか。
『最近は勤務態度がまじめになったそうじゃない』
こいつが俺に話しかけてくる時は、ロクな時じゃない。
嫌な予感を抱いた俺は、疑念の籠もった目で継母を見る。
『お友達がいなくなって落ち込んでいるみたいだけど、あの子は優秀だからヘッドハンティングがあったのよ。親友なら喜んであげなさい』
――お前か!
俺は目を見開き、ガタッと音を立てて立ちあがった。
――が、別れは突然訪れた。
年明け、宮本が会社を無断欠勤した。
体調が悪いのかと思って連絡を入れようとしたら、あいつからブロックされている事に気づく。
『…………は?』
(……俺、何かやったか?)
宮本の事は信頼していた。
今まで俺に近づいては勝手に離れていった女たちとは違い、あいつは思っている事をそのまま言うし、俺に非がある時は、真っ向から意見を言うハッキリした性格をしている。
だから笑顔で接しているのに裏では……、という事は絶対にないと思っていたので、いきなりブロックされて混乱した。
その日は一日落ち着かずに過ごし、終業と共に退勤して宮本の家へ向かった。
合鍵を使ってオートロックを開け、あいつの部屋がある階まで上がるとチャイムを鳴らす。
だが応じる気配はまったくなく、焦燥感に駆られた俺は何度もチャイムを鳴らし、ドアをノックした。
『宮本! 宮本!』
しばらくそうしていると、『うるさいなぁ……』と隣の部屋のドアが開いた。
顔を出したのは四十代半ばの女性で、彼女は迷惑そうな顔で俺を見ると、酒焼けした声で言った。
『隣の人なら引っ越したよ』
『…………は? …………いつですか?』
『日付は覚えてないけど、年末に夜逃げするように出てったね』
『夜逃げ……』
その単語を聞いて、俺は呆然として立ち尽くした。
女性は、もう用は済んだと言わんばかりに、バタンとドアを閉める。
俺はしばらく、もう宮本が住んでいない部屋のドアを見つめていた。
(夜逃げ? どうしてだ? 借金があった? ……いや、そんな様子はなかった。……なら、どうして……。困ってたなら言えよ! 何で俺に相談しなかったんだよ!)
心も体も、どんどん冷えていくのが分かる。馴染みのあるこの感覚は――、絶望だ。
『……宮本』
俺は彼女を呼び、最後にもう一度、祈るようにドアノブをひねる。
だが願いは叶わず、俺はゆっくり手を下ろしながら溜め息をついた。
『…………凜』
――彼女が好きだった。
宮本となら付き合っていけると思っていた。
照れくさいから黙っていたが、指輪を贈るために、こっそりとジュエリーブランドをリサーチしていた。なのに――。
『…………何も……っ』
彼女に、何も贈る事ができなかった。
宮本は『金銭的な借りを作りたくない』と言って、恋人になっても何もねだらなかった。
デートをしても割り勘で、テーマパークなども行きたがらず、彼女とのデートは公園をブラブラ歩いたり、海へ行く事。
俺はもっと宮本にご馳走したり、プレゼントをしたかったのに、彼女はそれを許してくれなかった。
『…………こうなるなら…………っ、指輪の一つでも贈っておけば良かった……っ』
ゆっくりとその場にしゃがみ込んだ俺は、ドアに額をつけて嗚咽し始める。
しばらく泣いたあと、がらんどうになった俺はふらりと帰路についた。
まるであの時みたいだ。
高校を卒業してもどこにも行けず、篠宮ホールディングスで飼い殺しにされると分かった絶望の日。
恋人を失った分、あの時より喪失感が強い。
俺は茫然自失としたまま家へ帰り、そのあとも魂が抜けたように過ごした。
篠宮家では、息子二人が実家を出て一人暮らししたあと、父の意向で月に一回家族全員が集まって食事をする事になっていた。
家族全員同じ会社に勤めているとはいえ、バラバラに住んでいるので近況報告のためらしい。
宮本を失った俺は仕事に対する熱意を失ったが、無責任な事はしたくなく、何事も淡々とこなすようになっていた。
その様子を、怜香はどこかから聞いていたのだろうか。
『最近は勤務態度がまじめになったそうじゃない』
こいつが俺に話しかけてくる時は、ロクな時じゃない。
嫌な予感を抱いた俺は、疑念の籠もった目で継母を見る。
『お友達がいなくなって落ち込んでいるみたいだけど、あの子は優秀だからヘッドハンティングがあったのよ。親友なら喜んであげなさい』
――お前か!
俺は目を見開き、ガタッと音を立てて立ちあがった。