部長と私の秘め事
執着と渇望
《いいじゃん。可愛い朱里を記録に残しておきたくて》
《パンダの成長記録か!》
朱里は中村さんに明るく突っ込み、ポテトに手を伸ばした。
『……なんとかやれてるみたいで良かったな』
あの時命を救った朱里が、こうして普通の生活を送っているのを見ると気持ちが安らぐ。
朱里は怜香によって何もかもを否定され、失った俺が、ただ一つ自分の力で得られたものだと思っている。
前途ある少女の命を、俺ごときが救う事ができた。
特別な事はしていないし、あの場に別の誰かがいたら、当然のように彼女を救っていただろう。
けれど当時は俺しか朱里を助ける事ができなかった。
そのタイミングすら、すべて運命に思える。
相変わらず俺は絶望と隣り合わせの生活を送っていて、俺自身が幸せになれるとは思っていない。
けれど画面の向こうの朱里が幸せそうに笑い、パクパク物を食っているのを見ると、救われた気持ちになる。
(……いつか直接会ってみたい。……こう思うのは危険な考えなんだろうな)
ベッドの上に仰向けになった俺は、スマホを置いて目を閉じる。
あれから二年経ったし、忘れてる……事はないと思うが、顔をハッキリ覚えているかと言われたら、難しいだろう。
俺はこうして写真や動画を見て朱里の成長具合を知っているが、彼女は二年経った俺の姿を知らない。
昔からの友人であっても、まったく連絡を取らない間、少しでも雰囲気が変われば本人だと分からなくなる可能性がある。
当時の俺は大学生で髪色を少し明るくしていたし、髪も今より長かった。
だが今は黒に染め直して短めに切り、サラリーマンとして相応しい格好になっている。
――きっと会っても分からないに決まってる。
俺は心の中で、期待する自分を否定した。
『……認識されなくたっていいだろ。あのとき朱里を助けて目的は果たしたんだ。今さら朱里に恩人として慕われたい? いくら自分がどん底にいるからって、高校生に救いを求めるのは違うだろ』
俺はわざと自分に痛烈な言葉を向け、未練がましい想いを断ち切ろうとする。
だが絶望した時ほど、幸せそうな人に手を伸ばしたくなるのはなぜだろう。
――助けてくれよ、なぁ。
心の奥で、もう一人の俺が泥にまみれて溺れながら、朱里に救いを求める。
そいつが苦しむ声が心の中で反響したが、俺は無視して押し殺した。
そのあと、特に大きな事件はなかった。
父の意向か分からないが、俺はある程度のポストには収まるらしく、少しずつ昇進していった。
だが働いても働いても、一向にやりがいは得られないし満たされない。
俺の事を『イケメン上司』と呼ぶ女性社員がアプローチしてきても、適当にあしらって相手をしなかった。
――どうせこいつらだって、怜香の命令で離れていくに決まってる。
俺は誰にも期待しなくなり、あらゆる欲から遠ざかった生活を送っていた。
たまに涼が誘ってくれて旅行やキャンプに行くのが救いになっていて、奴がいなかったら俺はとっくに廃人になっていたと思う。
最低限の食事はとっているが、ちっとも美味いと思えない。
(朱里がいたら、美味そうに食うのかな)
時々そう思ったが、あの子と一緒に食事をするなどあり得ない。
それなのに俺は頻繁に『朱里なら……』と考えてしまう。
ちゃんと寝て食べて健康なはずなのに、俺は精神を病む一歩手前の状態にあった。
だからなのか、良からぬ事を考えるようになる。
――朱里なら、俺に恩を感じているから裏切らないだろうか。
――もしもあの子が側にいたら、このクソみたいな生活は変わるだろうか。
決して関わってはいけないと思っていたのに、俺は次第に朱里に異常なまでの執着を示すようになっていった。
俺はメッセージアプリで中村さんを呼び出し、彼女とホテルのラウンジカフェにいた。
女子の好きそうなものを……と思い、アフタヌーンティーに誘ったら快く応じてくれた。勿論、甘い物を食べるのは彼女に任せたが。
誰かにご馳走すると、少し気分が良くなる。
こんな俺でも金を出す事で、誰かに喜んでもらえると思えるからだ。
『お久しぶりですね』
二年経った中村さんは、雰囲気はそのままだが、ボブヘアまで髪が伸びていた。
『元気そうで良かった』
俺はテーブルの下で脚を組み、注がれた紅茶をストレートで飲む。
『私はずっと写真や動画、報告のメッセージを送ってるのに、篠宮さんったらほぼ返信しないし、近影も送ってくれないからどうしようかと……』
『悪い。……っていうか、俺の近影を見てもしゃーないだろ』
俺は苦笑いし、自分の不義理を誤魔化す。
中村さんはしばらく俺を見つめ、苦笑いして言った。
《パンダの成長記録か!》
朱里は中村さんに明るく突っ込み、ポテトに手を伸ばした。
『……なんとかやれてるみたいで良かったな』
あの時命を救った朱里が、こうして普通の生活を送っているのを見ると気持ちが安らぐ。
朱里は怜香によって何もかもを否定され、失った俺が、ただ一つ自分の力で得られたものだと思っている。
前途ある少女の命を、俺ごときが救う事ができた。
特別な事はしていないし、あの場に別の誰かがいたら、当然のように彼女を救っていただろう。
けれど当時は俺しか朱里を助ける事ができなかった。
そのタイミングすら、すべて運命に思える。
相変わらず俺は絶望と隣り合わせの生活を送っていて、俺自身が幸せになれるとは思っていない。
けれど画面の向こうの朱里が幸せそうに笑い、パクパク物を食っているのを見ると、救われた気持ちになる。
(……いつか直接会ってみたい。……こう思うのは危険な考えなんだろうな)
ベッドの上に仰向けになった俺は、スマホを置いて目を閉じる。
あれから二年経ったし、忘れてる……事はないと思うが、顔をハッキリ覚えているかと言われたら、難しいだろう。
俺はこうして写真や動画を見て朱里の成長具合を知っているが、彼女は二年経った俺の姿を知らない。
昔からの友人であっても、まったく連絡を取らない間、少しでも雰囲気が変われば本人だと分からなくなる可能性がある。
当時の俺は大学生で髪色を少し明るくしていたし、髪も今より長かった。
だが今は黒に染め直して短めに切り、サラリーマンとして相応しい格好になっている。
――きっと会っても分からないに決まってる。
俺は心の中で、期待する自分を否定した。
『……認識されなくたっていいだろ。あのとき朱里を助けて目的は果たしたんだ。今さら朱里に恩人として慕われたい? いくら自分がどん底にいるからって、高校生に救いを求めるのは違うだろ』
俺はわざと自分に痛烈な言葉を向け、未練がましい想いを断ち切ろうとする。
だが絶望した時ほど、幸せそうな人に手を伸ばしたくなるのはなぜだろう。
――助けてくれよ、なぁ。
心の奥で、もう一人の俺が泥にまみれて溺れながら、朱里に救いを求める。
そいつが苦しむ声が心の中で反響したが、俺は無視して押し殺した。
そのあと、特に大きな事件はなかった。
父の意向か分からないが、俺はある程度のポストには収まるらしく、少しずつ昇進していった。
だが働いても働いても、一向にやりがいは得られないし満たされない。
俺の事を『イケメン上司』と呼ぶ女性社員がアプローチしてきても、適当にあしらって相手をしなかった。
――どうせこいつらだって、怜香の命令で離れていくに決まってる。
俺は誰にも期待しなくなり、あらゆる欲から遠ざかった生活を送っていた。
たまに涼が誘ってくれて旅行やキャンプに行くのが救いになっていて、奴がいなかったら俺はとっくに廃人になっていたと思う。
最低限の食事はとっているが、ちっとも美味いと思えない。
(朱里がいたら、美味そうに食うのかな)
時々そう思ったが、あの子と一緒に食事をするなどあり得ない。
それなのに俺は頻繁に『朱里なら……』と考えてしまう。
ちゃんと寝て食べて健康なはずなのに、俺は精神を病む一歩手前の状態にあった。
だからなのか、良からぬ事を考えるようになる。
――朱里なら、俺に恩を感じているから裏切らないだろうか。
――もしもあの子が側にいたら、このクソみたいな生活は変わるだろうか。
決して関わってはいけないと思っていたのに、俺は次第に朱里に異常なまでの執着を示すようになっていった。
俺はメッセージアプリで中村さんを呼び出し、彼女とホテルのラウンジカフェにいた。
女子の好きそうなものを……と思い、アフタヌーンティーに誘ったら快く応じてくれた。勿論、甘い物を食べるのは彼女に任せたが。
誰かにご馳走すると、少し気分が良くなる。
こんな俺でも金を出す事で、誰かに喜んでもらえると思えるからだ。
『お久しぶりですね』
二年経った中村さんは、雰囲気はそのままだが、ボブヘアまで髪が伸びていた。
『元気そうで良かった』
俺はテーブルの下で脚を組み、注がれた紅茶をストレートで飲む。
『私はずっと写真や動画、報告のメッセージを送ってるのに、篠宮さんったらほぼ返信しないし、近影も送ってくれないからどうしようかと……』
『悪い。……っていうか、俺の近影を見てもしゃーないだろ』
俺は苦笑いし、自分の不義理を誤魔化す。
中村さんはしばらく俺を見つめ、苦笑いして言った。