想いと共に花と散る
 翌朝。屯所全体に、説明のつかない違和感が満ちていた。
 いつもなら誰かしらの声が響く廊下は、異様なほど静かで。庭では素振りをする隊士の姿が見えない。

(……変だ)

 雪は朝餉の準備をしながら、胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えていた。
 誰も怒鳴らない。誰も笑わない。朝目覚めてここに来るまで、隊士達とは視線が合えばすぐに逸らされた。

「……雪」

 名を呼ばれて振り向くと、そこにいたのは斎藤だった。
 いつもと変わらぬ無表情。だが、その目は何処か遠く据わっている。

「斎藤さん……」
「今日は……外に出るな」
「え?」
「何も聞かない方がいい」

 厨の入口にもたれ掛かり、外を見つめる斎藤の姿は儚く。一つ瞬きをした次の瞬間、いなくなってしまうのではないかと思ってしまった。
 何も聞かないほうがいい、そう言われてしまえば聞きたいことも聞けない。
 雪は感じる不安を無理矢理に抑え込み、斎藤に笑顔を向ける。

「お腹、空いてますよね。早く準備しますから」
「……ああ、俺も手伝おう」

 自分が笑顔を浮かべれば、決して笑顔では答えてくれないけれど。
 この人もまた隣を歩いてくれる。壬生浪士組に来たばかりの頃の雪を誰よりも警戒したのは、斎藤であったのに。
 それから朝餉の時間。今日はどういうわけか、離れに近藤と土方、山南の三人の姿がなかった。
 その違和感が、雪の中に募っていた不安を決定的なものへと変える。
 
「今日の味噌汁も美味しい。日に日に上手くなってない?」
「本当? そう言ってもらえて嬉しい。作りがいがあるよ」

 上手く誤魔化せているのだろうか。厨で斎藤に忠告をされてから、ずっと気分が優れないのだが。
 三人が離れにいないということは、これから何かが起きるという予兆。
 できることなら、こうして皆と食事をせず部屋に籠もりたい。けれど、一人になれば不安に押し潰されてどうにかなりそうなのも、また事実だった。

「ねえ、雪。今日は市中の見回りがないんだ。だから、この後ちょっと付き合ってよ」
「え? うん、いいけど……。何をするの?」

 市中の見回りがない、そういった普段と少しでも違うことがあると余計なことまで考えてしまう。
 考えすぎかもしれないが、沖田は誤魔化していても滲み出る雪の不安を感じ取ったのかもしれない。
 だから、無理矢理なこじつけにも感じる提案を口にしたのだ。

「稽古だよ。何だかんだ雪って見たことなかっただろうし、暇潰しくらいにはなるだろ」

 そしてその提案には藤堂も乗っかってくる。二人で事前に打ち合わせをしていたのかと思うほど、あまりにも自然であった。

「いいの? 見てみたかったんだ、皆の稽古姿」

 それが彼らなりの優しさであり、気遣い。
 そしてそれに答えるのが、雪なりの恩返しでもあり感謝でもあった。
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