想いと共に花と散る
 夜が白み始める頃、屯所の一角に設けられた簡素な座敷に、数名の隊士が集められていた。
 その座敷の中央には、正座する男が一人いる。――早川兼定である。
 普段は無造作に放置されていた髪は整えられ、新選組の象徴である羽織は脱がされていた。
 だが、その背筋だけは妙に真っ直ぐで、最後まで隊士としての体裁を保とうとする意地が見て取れた。
 人の呼吸音すら聞こえないほど、不気味なまでに座敷の中は静まり返った。
 やがて襖が開き、近藤が入って来た。その後ろには土方が控えている。
 二人が早川の前に並んで座ると、座が静まる。
 近藤は早川を真正面から見据え、低く、しかしよく通る声で告げた。

「一番隊所属、早川兼定。お前は新選組の名を用い、仲間を欺き、無辜の者を利用し刃を向けた」

 一瞬、早川の喉が鳴った。
 座敷に張り詰めた緊張感が走る。少しでも身動きをすればその首を落とす糸が張り巡らされているように、誰も何も言おうとはしない。

「これは私怨ではない。組織への反逆であり、新選組そのものへの挑戦だ」

 近藤は一拍置いてから、はっきりと言い切った。

「――……切腹を命じる」

 その言葉が落ちても、座敷は不思議なほど静かだった。
 早川は俯いたまま、しばらく動かなかったが、やがて小さく息を吐いた。

「……承知、いたしました」

 声は震えていなかった。そこに感情らしいものは残っていない。
 静かに顔を上げた早川は、近藤ではなく土方の方へ視線を向けた。

「副長。あんたがいるなら……この裁きに、嘘はねぇんでしょうな」

 その言葉に土方は短く答える。

「ねぇよ。だから、ここにいる」

 それで十分だったのか、早川は僅かに笑みを浮かべた。その笑顔が彼の求めていた答えである。
 そして、最後にもう一度近藤へ向き直った。

「局長……。俺は、負けた」

 悔恨とも諦観ともつかない声で続ける。

「刀ではなく、情に。守るものを、最後まで守り切る覚悟に……この組織は茨の道を歩み続けることになる。俺には、その先に光など見えませんでした」

 それが、彼の最後の言葉だった。あまりにも極悪非道で、そして愚かにも抱いていたはずの志を見失った男の言葉である。
 近藤は静かに、たった一度だけ頷いた。

「そうか」

 それ以上の言葉は交わされなかった。
 早川は深く一礼し、視線を伏せる。その背に、もはや言い訳も怒号も向けられることはない。
 そして、襖が静かに閉じられた。
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