想いと共に花と散る
 壬生寺の境内で竹刀を打ち合う乾いた音が響いている頃、屯所の一室では重たい沈黙が落ちていた。
 障子を隔てた外は、穏やかな春の日差しに満ちているというのに、部屋の中の空気は張り詰めている。
 近藤は座敷の中央に座り、腕を組んだまま山南を見つめていた。
 その隣には土方が眉間に深く皺を刻み、苛立ちを隠す様子もなく座っている。
 井上は少し後ろに控え、場の空気を和らげようとするように静かに二人を見守っていた。
 そして山南の傍らには、山崎が座っている。
 彼の前には包帯と薬箱。つい先ほどまで、山南の怪我の手当てをしていたところだった。

「……もう、十分でしょう」

 重い沈黙を破ったのは山南だった。
 穏やかな声音だが、その言葉には揺るぎがない。
 着物の裾から微かに見える腕には、丁寧に巻かれた包帯が見え隠れしていた。 
 山南はそれを隠すように、左手で抑える。動かす度に表情が歪むのを誰もが見ていた。

「私は、前線からは退く。これ以上、皆に迷惑は掛けられません」
「山南さん!」

 山南の目に希望はなかった。
 数日前の任務の際に負傷し、怪我を負ってからというものの、山南は何処か自虐的になっている。
 そんな彼の言葉に、思わず声を荒げたのは近藤だった。

「まだ決めるには早い。お前は――」
「局長」

 続く近藤の言葉を遮るように、山南は静かに首を振る。
 微かに口角を上げて笑ってみせるが、実際は引き攣るだけで到底笑っているようには見えない。
 それを誤魔化すために、山南は近藤から目を逸らした。
 行き場を失った視線を畳の上に落とし、吐き捨てるように言う。

「自分の身体のことは、自分が一番よく分かっています」

 土方が舌打ちを噛み殺すように息を吐いた。
 膝の上で握っていた拳から力が抜け、土方は山南に向けていた視線を隣の山崎に移す。

「……山崎」

 低く名を呼ばれた山崎は、一歩前に出て土方に向き直った。

「どうだ」

 山崎に向ける土方の視線は鋭い。 
 その視線には、少なからず怒りとやるせなさが滲んでいる。
 土方の問い掛けに、山崎は一瞬だけ山南を見てから淡々と答えた。

「傷自体は落ち着いています。ただし――」

 そこで言葉を切り、一度言葉を詰まらせてから、また続けた。

「完治ではありません。今まで通り動けば、再発する可能性が高い。次は、刀を握れなくなるでしょう」

 その一言で、室内の空気が凍りついた。
 井上が苦しそうに目を伏せる。
 近藤は拳を握り締め、何も言えずにいた。
 山南は小さく息を吐き、力なく微笑を浮かべる。

「だからこそです。私は退き、後方で出来ることをする。それが、新選組のためではないですか」
「……くそ」

 握り締めた拳を膝に打ち付け、土方が低く吐き捨てる。

「こんな時に、一番まともなこと言いやがる」

 無理矢理繕った笑いが混ざるその言葉に、山南は少しだけ苦笑した。
 眼鏡の奥の瞳が揺れ動き、土方は無意識の内に目を向けるのを躊躇う。
< 205 / 267 >

この作品をシェア

pagetop