想いと共に花と散る
 月を背にして立っていた鬼は、静かに流れる仕草で周囲に視線を向ける。
 横顔しか見えないが、随分とこちらを警戒している様子であった。
 他に不逞浪士がいないかを確認した後、鬼が再びこちらに視線を向けた。
 先程まで宿していた殺意はもう消えているが、変わらず警戒心は剥き出しの状態だ。
 地べたに座り込んだままその視線を全身で受けると、鬼が長い髪を揺らして一歩二歩近づいてくる。

「付いて来い」
「え?」

 何を言われたのか理解できず、素っ頓狂な声を上げる。
 顔色一つ変えずこちらを睨みつけてくる鬼は、何もおかしなことは言っていないと言いたげに堂々とした態度を崩さない。
 
「こんなわけの分からねぇ奴を野放しにできるかってんだ。屯所に戻って話を聞く」

 聞いたことのない建物か何かの名前が鬼の口から飛び出し、完全に理解の範疇を超えた。
 何の情報も頭に入らず、ぽかんと口を開けて固まる。

「立て」

 鋭く瞳を光らせ、鬼は低く地の底から声を発するように言う。

「何してんだ、さっさとしろ」
「……です」
「あ?」
「腰が抜けて、立てないです……」

 鬼は後頭部を殴られたかのように前のめりに躓いた。
 草の上に手をついて力を込めてみるが、どうにも先程の出来事が積み重なって腰が抜けてしまったらしい。
 あまりにも言い出しにくい雰囲気が漂っていたせいで語尾がか細く消え入る。
 
「てんめぇ……」

 怒りを必死に押し殺すために拳を握り締ると、鬼はズカズカと大股でこちらに近づく。
 そして左の二の腕辺りを掴むと無理矢理に立ち上がらせた。

「あ、ありがとうございます」

 戸惑いながらもお礼を口にすれば、鬼は一瞬視線を合わせた後何も言わず背を向けた。
 先程も言っていた通り、付いて来いという意思表示だろう。
 何処に連れて行かれるのか分からない恐怖があるが、ここで断るほうがよっぽど恐ろしいと思い大人しく鬼の背中を追った。
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