想いと共に花と散る
助けを呼ぶ暇など与えられない。
命の危険を感じた時、目の前に浅葱色の羽織が見えた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ついさっきまで雪を押さえ付けていた腕が、弾かれるように離れる。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が耳を打ち、空気が震えた。
「――……そこまでだ」
聞こえたのは、たった一言で沈黙を作り出す静かな声だった。
怒鳴りもせず、威圧するでもない。だが、その場にいた誰もがその声に意識を向けた。
浅葱色の羽織を翻し、雪の前に立つ一人の男。細身の身体に似合わぬほど、構えた刀には迷いがない。
雪には、その男が誰なのか一瞬で分かってしまった。
「女を盾にするほど、追い詰められているのか」
相手を挑発するその声には、確かな怒りが含まれている。
尊攘派の志士の一人が、挑発を真に受けて舌打ちを零した。
「新選組……沖田総司か」
その名が出た瞬間、場の緊張が一段ほど張り詰めた。
暗がりの中でもはっきりと分かる。細身とは言え、雪からしてみれば大きいその背中。
沖田は雪を振り返らなかった。刀を構え、目の前の志士を睨みつけたまま背中越しに低く告げる。
「動かないで。大丈夫だから」
その声は、戦場の真ん中に立っているとは思えないほど、不思議なまでに穏やかだった。
安心させるために言ってくれたと分かって吐いても、雪は何も言えない。
喉がひりつき、呼吸が浅くなるのを感じた。
「来いよ」
雪を背に庇ったまま、沖田が一歩、敵に向かって踏み出す。
尊攘派の志士が刀を振り上げた、その刹那。
「……っ! ごほっ」
沖田の身体が、僅かに揺れた。激しい金属音が辺りに響いたため、刃は受け止めていることは背に隠れていても分かった。
だが、その直後、床に赤黒いものが落ちた。
ぽたり、と。
あまりにも小さな音は、刀傷から溢れた血ではない。
雪の視線が、誘われるように沖田の口元へ向かう。白い唇に、はっきりと滲む赤。
「……血?」
沖田はそれに気づいたように、口元を指で拭う。
だが、指先はすぐに赤く染まった。
「……は、ごほっ……はあ……っ………」
次の瞬間、彼は小さく息を詰め、はっきりと血を吐いた。
それを見た雪は、時間が止まったように感じられた。
雪の中で、一つの答えが音を立てて崩れる。
(総司、君……? なんで………)
沖田は苦しそうに息を整えながらも、刀を下げない。
むしろ、笑うように言った。
「……見られちゃったなぁ」
その声は、震えていなかった。
けれど雪は知ってしまったのだ。浅葱色の羽織の下に隠されていた、彼の致命的な秘密を。
命の危険を感じた時、目の前に浅葱色の羽織が見えた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ついさっきまで雪を押さえ付けていた腕が、弾かれるように離れる。
金属同士がぶつかり合う甲高い音が耳を打ち、空気が震えた。
「――……そこまでだ」
聞こえたのは、たった一言で沈黙を作り出す静かな声だった。
怒鳴りもせず、威圧するでもない。だが、その場にいた誰もがその声に意識を向けた。
浅葱色の羽織を翻し、雪の前に立つ一人の男。細身の身体に似合わぬほど、構えた刀には迷いがない。
雪には、その男が誰なのか一瞬で分かってしまった。
「女を盾にするほど、追い詰められているのか」
相手を挑発するその声には、確かな怒りが含まれている。
尊攘派の志士の一人が、挑発を真に受けて舌打ちを零した。
「新選組……沖田総司か」
その名が出た瞬間、場の緊張が一段ほど張り詰めた。
暗がりの中でもはっきりと分かる。細身とは言え、雪からしてみれば大きいその背中。
沖田は雪を振り返らなかった。刀を構え、目の前の志士を睨みつけたまま背中越しに低く告げる。
「動かないで。大丈夫だから」
その声は、戦場の真ん中に立っているとは思えないほど、不思議なまでに穏やかだった。
安心させるために言ってくれたと分かって吐いても、雪は何も言えない。
喉がひりつき、呼吸が浅くなるのを感じた。
「来いよ」
雪を背に庇ったまま、沖田が一歩、敵に向かって踏み出す。
尊攘派の志士が刀を振り上げた、その刹那。
「……っ! ごほっ」
沖田の身体が、僅かに揺れた。激しい金属音が辺りに響いたため、刃は受け止めていることは背に隠れていても分かった。
だが、その直後、床に赤黒いものが落ちた。
ぽたり、と。
あまりにも小さな音は、刀傷から溢れた血ではない。
雪の視線が、誘われるように沖田の口元へ向かう。白い唇に、はっきりと滲む赤。
「……血?」
沖田はそれに気づいたように、口元を指で拭う。
だが、指先はすぐに赤く染まった。
「……は、ごほっ……はあ……っ………」
次の瞬間、彼は小さく息を詰め、はっきりと血を吐いた。
それを見た雪は、時間が止まったように感じられた。
雪の中で、一つの答えが音を立てて崩れる。
(総司、君……? なんで………)
沖田は苦しそうに息を整えながらも、刀を下げない。
むしろ、笑うように言った。
「……見られちゃったなぁ」
その声は、震えていなかった。
けれど雪は知ってしまったのだ。浅葱色の羽織の下に隠されていた、彼の致命的な秘密を。