想いと共に花と散る
 男世帯の中に女がいれば風紀が乱れてしまうという理論は理解できる。
 だからといって男のフリをしろなんて理不尽にもほどがあるだろう。
 何処からどう見たって年頃の女子にしか見えない。男の格好をしたって周りの目を誤魔化すのは些か苦労を要する気がする。
 近藤がそれらを無視してあたかも当たり前のように言ってのけるものだから、脳の理解が追いつかず数秒広間に沈黙が流れた。

「いや、いやいやいや! 無理です! ここが何処なのかも分かっていないのに暮らすって……。ましてや男のフリをするなんて無理です!」
「局長命令だ」
「だから、無理なのものは無理」
「局長、命令、だ」

 影の落ちた笑顔を浮かべる近藤から凄まじい圧力を感じる。
 断る選択肢はないぞとでも言いたげな圧力は、胡座をかいて腕を組んでいる姿も相まって固唾を飲むほどだ。
 
(ど、どうしよう……。かなりまずいよこれ……)

 ただ、蔵の中で見つけた刀を抜刀しただけなのに。
 誰が刀を抜刀して過去に飛ばされるなど予想できたか。世界中を探しても雪華以外にそんな経験をした人間はいないだろう。
 それくらいこの状況は浮き世離れしていて現実味がない。まるで夢物語のようであった。

「さあ、雪君。君の返事を聞かせておくれ」
「半端なこと言ったら即刻斬る」
「こらっ、トシ!」

 男のフリをして人斬り集団と同じ屋根の下で生活をするか、宵闇の下で浪士どもに斬り殺されるか。
 今の雪華が選べるのはそのどちらかである。
 正直な所、前者も後者もできれば避けたいところだ。彼らと共に生活をするなんて、ましてやあの鬼みたいな男の小姓とやらにならなくてはいけないのは精神的に耐えられない気がする。
 かと言ってこの首の傷をつけられた時のように浪士に刀を向けられるのも御免だ。

「……っ………あ………」
 
 二人からの視線が熱く自身に集中する。
 ここまで来てしまえばもう腹を括るしかない。元の時代に帰る方法なんて分からないし、ここを出たって行く宛なんてないのだ。
 ならば答えは一つ。

「……よろしく、お願いします」

 深々と頭を下げ、不服ながらも声を絞り出して言う。
 彼らの提案に乗り、結城雪と名乗って生きる。それが結城雪華の選んだ道筋であった。
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