想いと共に花と散る
馬の蹄が地面を叩く音が、やけに大きく耳に響いていた。
ガツン、ガツン、と硬い音が腹の底まで伝わる。
早朝の京はまだ眠っていて、人気のない道にその音だけが暴力的に反響していた。
風を切る感覚すら、雪には遠い。
必死に土方に縋りつきながら、ただ前だけを見ていた。
(お願い……どうか、間に合って)
そう思わなければ、身体が動かなかった。
土方は一言も発しない。
馬を駆る背中は真っ直ぐで、迷いがないように見えるのにその速度は狂ったように速かった。
板橋へ向かう道。
知っている。分かっている。そこは処刑が行われる場所だと、頭では理解している。
それでも、心が拒絶していた。
少し遅れただけだ。ほんの数刻、知らせが早く届かなかっただけだ。
きっと――……まだ。
やがて、遠くに人だかりが見えた。
朝の薄光の中、黒い塊のように集まる人々。
嫌な予感が、背筋を冷たく撫でる。
「……っ」
雪の喉から、音にならない息が漏れた。
近づくにつれて、人の声が聞こえてくる。
ざわめき。ひそひそとした囁き。好奇と恐怖と、無責任な興奮が混じった声。
人々が群がる先にあるのは、緊張感が張り詰める処刑場だ。
馬を止めるより早く、雪は飛び降りていた。
足がもつれ、地面に膝をつきそうになるのを、無理矢理立て直す。
視線が、勝手に探してしまう。
「あ……っ!」
柵の向こう。人々の頭越しに見えた、その姿。
白い衣。
結われた髪。
背筋を伸ばして、静かに座る男。
その姿は、これから処刑される者とは思えないほどに、あまりにも落ち着いていた。
「……近藤、さん」
呼んだ声は、ざわめきに掻き消えた。
その瞬間、雪は理解してしまう。
首元に当てられた白布。
準備を進める役人の動き。
すでに整えられた台。
(……駄目、駄目だよ………)
間に合わない。時間は、すでに終わっている。
土方が馬を降りる音が背後で聞こえた。
けれど、振り返る余裕はなかった。
近藤は、前を向いている。逃げようとも、足掻こうともせず。
まるで、これが自分の役目だと知っているかのように。
その横顔が、あまりにも穏やかで。
胸の奥をぐしゃりと踏み潰れたようだった。
「……嘘だ」
呟きは、誰にも届かない。
走ってきた距離も、必死に抗った時間も、全てが無意味だったと視界が告げていた。
朝の空は、信じられないほど澄んでいる。
処刑の日に、これほど綺麗な空が広がるなんて。
近藤勇は、もう生きて帰る場所にいなかった。
ガツン、ガツン、と硬い音が腹の底まで伝わる。
早朝の京はまだ眠っていて、人気のない道にその音だけが暴力的に反響していた。
風を切る感覚すら、雪には遠い。
必死に土方に縋りつきながら、ただ前だけを見ていた。
(お願い……どうか、間に合って)
そう思わなければ、身体が動かなかった。
土方は一言も発しない。
馬を駆る背中は真っ直ぐで、迷いがないように見えるのにその速度は狂ったように速かった。
板橋へ向かう道。
知っている。分かっている。そこは処刑が行われる場所だと、頭では理解している。
それでも、心が拒絶していた。
少し遅れただけだ。ほんの数刻、知らせが早く届かなかっただけだ。
きっと――……まだ。
やがて、遠くに人だかりが見えた。
朝の薄光の中、黒い塊のように集まる人々。
嫌な予感が、背筋を冷たく撫でる。
「……っ」
雪の喉から、音にならない息が漏れた。
近づくにつれて、人の声が聞こえてくる。
ざわめき。ひそひそとした囁き。好奇と恐怖と、無責任な興奮が混じった声。
人々が群がる先にあるのは、緊張感が張り詰める処刑場だ。
馬を止めるより早く、雪は飛び降りていた。
足がもつれ、地面に膝をつきそうになるのを、無理矢理立て直す。
視線が、勝手に探してしまう。
「あ……っ!」
柵の向こう。人々の頭越しに見えた、その姿。
白い衣。
結われた髪。
背筋を伸ばして、静かに座る男。
その姿は、これから処刑される者とは思えないほどに、あまりにも落ち着いていた。
「……近藤、さん」
呼んだ声は、ざわめきに掻き消えた。
その瞬間、雪は理解してしまう。
首元に当てられた白布。
準備を進める役人の動き。
すでに整えられた台。
(……駄目、駄目だよ………)
間に合わない。時間は、すでに終わっている。
土方が馬を降りる音が背後で聞こえた。
けれど、振り返る余裕はなかった。
近藤は、前を向いている。逃げようとも、足掻こうともせず。
まるで、これが自分の役目だと知っているかのように。
その横顔が、あまりにも穏やかで。
胸の奥をぐしゃりと踏み潰れたようだった。
「……嘘だ」
呟きは、誰にも届かない。
走ってきた距離も、必死に抗った時間も、全てが無意味だったと視界が告げていた。
朝の空は、信じられないほど澄んでいる。
処刑の日に、これほど綺麗な空が広がるなんて。
近藤勇は、もう生きて帰る場所にいなかった。