想いと共に花と散る
 銃声が、雪を裂いた。
 乾いた音が峠に反響し、遅れて悲鳴が重なる。
 前に出た者から倒れていった。撃たれ、転び、起き上がる前に踏み越えられる。

「……っ」

 歯を食いしばり、刀を握り直す。
 ここが母成峠だと、誰かが叫んでいた気がした。

「副長!」

 もう呼ばれることはないと思っていた自身の肩書を誰かが呼び、土方は刀を構えたまま振り返る。
 その肩書を口にした斎藤が、血と雪に塗れたまま駆け寄ってきた。

「銃の数が多すぎます。この距離じゃ──」
「分かってる」

 焦りに滲んだ斎藤の言葉を遮るように言う。
 分かっているからこそ、土方は前へ出続けていた。
 退けば、追撃される。踏み止まれば、撃ち殺される。
 どの選択をしても、結果はどちらも同じだ。

「だが、このまま進めば消耗しきる」
「……はい」

 短い返事だった。斎藤はそれ以上、何も言わない。
 ここで必要なのは正論じゃない、そう彼は理解している。
 命を切り捨てる判断であると。

「副長、後列が崩れ始めています」
「……ちっ」

 斎藤に言われて、土方は周囲に視線を向けた。彼の言う通り、隊列の端が僅かに乱れている。
 一人が走る。それにつられて、もう一人が。
 恐怖は、伝染する。叫びながら前線に出る者達は皆、恐怖に染まった顔をしていた。

(地獄じゃねぇか……)

 銃声の合間を縫うように、土方は踏み込んだ。雪を蹴り、距離を詰める。
 刀が振り下ろされ、銃を構えていた兵の腕を断つ。
 悲鳴が上がるより早く、次の一撃で倒した。だが、すぐ後ろから新たな銃声が響く。
 弾丸が地面を抉り、雪と土が跳ねた。

「くそっ……!」

 近すぎれば撃たれる。遠ければ、こちらの刃は届かない。
 それでも、前に出るしかなかった。

「副長、左から回り込みが来てます!」
「分かってる!」

 叫び返しながら、土方は体勢を崩した隊士の背を押した。

「下がるな! 詰めろ!」

 号令に応え、数人が前へ出る。
 刃が閃き、血が雪に散った。
 そんな状況の中で、土方はまだ戦えていると、そう思ってしまった。
 実際、敵も混乱していたのだ。
 銃を持つ者と持たぬ者の連携が乱れ、近接戦では新選組が優位に立つ場面もある。

「行けるぞ!」

 誰かが叫ぶ。その声に、目に見えて士気が引き上げられた。
 土方の胸にも、一瞬だけ熱が灯った。

(まだだ……まだ、ここで食い止められる)

 だが、その直後だった。
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