想いと共に花と散る
 乾いた音が連続して鳴る。今までとは違う、整った銃声。

「──伏せろ!」

 叫ぶより早く、前列が崩れた。
 一人、二人、三人。ほぼ同時に倒れ、雪に沈む。撃たれた場所を見る暇もなく、ただ動かなくなった。

「っ……!」

 足が止まる。いや、止まってしまった。
 そこへ追い打ちのように、再び銃声が重なる。
 距離を取られた。敵が、態勢を立て直したのだ。

「副長!」

 振り向くと、斎藤がいた。
 息は乱れていない。その目だけが、異様に冷えている。

「前に出すぎです」
「まだ行ける」
「行けますが、持たない」

 言葉が短い。だが、はっきりしていた。
 斎藤の視線の先で、後列が揺れている。傷を負った者、銃声に竦んだ者、踏み止まれない者が、確実に増えていた。

「このまま押せば、抜ける可能性はあるでしょう」
「……だが?」
「抜けた後に、残る数が問題では」

 土方は、唇を噛んだ。
 勝てるかどうかではない。生き残れるかどうかの段階に来ている。
 それでも、すぐには言えなかった。ここで“退く”と口にすることが。
 新選組副長として、ここまで連れてきた者達の前で、雪を見送ったばかりのこの身で。
 ──退く。その一言が、喉に引っ掛かる。
 銃声が、また一つ鳴った。背後で、誰かが崩れ落ちる音がした。
 その瞬間、土方は悟る。もう、踏み止まる時間は終わったのだと。

「……斎藤」
「何でしょう」
「ここで踏み止まれば、全滅だ」

 視線を落とせば、雪の上に倒れた隊士がいる。
 それらは、顔を伏せたままもう動かない。

「退くしかねぇ」

 その言葉を、口に出すのがこれほど重いとは思わなかった。
 斎藤は一瞬だけ目を伏せ、次に静かに頷く。

「……了解しました」

 合図を出す間もなかった。

「退け──っ!」

 その一声で、均衡は崩れた。整然としていたはずの列が、雪崩のように動き出す。
 走る、転ぶ、振り返る。
 それは決定的な敗走だった。

「止まるな! 散るな!」

 土方はひたすら叫び続けた。だが、銃声がそれを掻き消す。
 背後で、また一人倒れた。助けに行けない。振り返れない。

(……生き残れ)

 誰に向けた願いかも分からないまま、土方は歯を食いしばった。
 峠を下る足音が、無秩序に重なっていく。
 それは、母成峠の戦いが敗北へ転じた音だった。
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