想いと共に花と散る
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雪原に残ったのは、荒い息と、踏み荒らされた白だけだった。
誰も口を開かない。名を呼ぶ声すら、出なかった。
立ち止まったままの隊士達は、それぞれに刀を握り、あるいは膝に手を付き、ただ前を見ている。
振り返れば、もう戻れないと分かっているからだ。
土方は、ゆっくりと息を吐いた。白い息が、すぐに空へ溶けていく。
(……静かすぎるな)
勝った時の静けさではない。負けを認めた後の、音の無さだ。
「……副長」
低い声が、背後から届いた。
数少ない元新撰組幹部のもの。むしろよくここまで残ってくれたとすら思う、淡々とした斎藤の声。
土方は振り向かない。視線は、雪に覆われた地面の一点に落としたままだ。
「会津公が……降伏されました」
それだけで、余計な言葉は一切ない。
土方の指先がぴくりと動いた。刀の柄を握る力が無意識に強まる。
「……そうか」
それ以上、何も言わなかった。言える言葉が、見つからなかったのだ。
会津が降りた。守るべきものが、降りた。それはつまり、この戦いがもう「戦」ではないということ。
斎藤は、それ以上何も告げなかった。ただ一礼し、静かにその場を離れていく。
彼は会津に忠誠を誓った身だと宣言した。その忠誠を誓った対象が負けを認めたのだから、彼には何も言うことがないのだろう。
雪を踏み締める音が、やけに遠く感じられた。
その音を聞き流しながら、土方は空を見上げる。
何処までも澄んだ冬空だった。昨日も、こんな空だったような気がする。
『そこは、こことは比べ物にならないほど雪が降るんですよね』
不意に、脳内で雪の声が蘇る。
柔らかくて、少しだけ不安そうで、それでも前を向こうとする声。
『絶対に、絶対に……一緒に行きましょうね』
ただの気まぐれで抱き締めただけだったのに、その少年にしては随分と甘えたな子供は身を委ねてきた。
胸の奥がじくりと痛む。あの時、何も言えなかった。一番望んでいるであろう未来を語れなかった。
(……悪ぃな)
誰に向けた言葉かは、自分でも分からない。
雪か。ここに倒れた者達か。それとも、もう戻らない「新選組」という名か。
雪原に、風が吹いた。足元の血の跡を、白が静かに覆い隠していく。
土方は、目を閉じた。
守れなかったものが、また一つ増えた。それでも、立ち止まるわけにはいかない。
進むと決めた以上、歩くしかないのだ。
たとえ、この先に待つのがさらなる別れだとしても。