想いと共に花と散る
 その部屋の前に雪は立ち、そして隣りに立つ男に視線を向けた。
 男は何も言わず微笑みを見せると、背中を向けて去っていく。
 残された雪は、一つ息を吸うと障子に手を掛けた。

「───……総司君」

 まだ障子を開けただけなのに、もう視界が歪み始めた。
 けれど、ここには泣き虫でも叱る人はいない。むしろ笑って許してくれる人しかいないのだ。

「……ゆ、き?」
「久しぶり。ごめんね、会いに来るのが遅くなって」

 変わっていなかった。少し痩せて、あまり体調が良くなさそうだが、驚いた様子で見つめてくる顔は変わっていない。
 あの頃、いつも困っていたら手を差し伸べてくれた、優しく抱き締めてくれたもう一人の“兄”がいる。
 布団の傍に座った雪は、そんな兄の手を握った。

「一人で来たの? いつも引っ付いてた鬼は?」
「土方さんは京にいるよ」
「京? なんでまた」
「色々あったんだ。本当に、色々」

 今日は、そんな色々あった話をしに来たのだ。
 彼が江戸に行くと言って雪の元を去ってから、あった色々なことを。

「……そっか」

 そう言って昔と変わらない微笑みを浮かべた沖田は、雪の手を握り返した。
 決して力強くはない。少し動かせば、簡単に振り解けてしまうほど弱い握り。
 けれど、それでも確かに握っていた。上手く力を入れて握れないのなら、雪が解けないように強く握ればいいだけのこと。

「ここまで、遠かったでしょ」
「本当はもう少し早く来るつもりだったんだけど、途中で道に迷っちゃって」
「土方さんの地図を宛てにしない方がいい。あの人が描く地図は、あの人にしか理解できないから」

 いつだって、冗談を言って笑い合っていた。
 彼の冗談の矛先は、八割型が土方で。二人で隠れて揶揄っていれば、地獄耳の彼はすぐに見つけて怒鳴ってくる。
 それが楽しかった。面白くて、馬鹿馬鹿しくて、余計に揶揄って。

「……寂しかった」

 だから、その時間が無くなった今が何よりも寂しかった。
 もう戻ってこない時間だと分かってはいるけれど、またあの時間を過ごしたいと思ってしまう。
 あの笑っているだけで良かった時間があったからこそ、今でもこうして手を握っていられるのだ。
 今日はどんな冗談を聞かせてくれるのだろう。何を盗んで、何処で見よう。そんなことを考えていたかった。
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