想いと共に花と散る
 数回頭を優しく叩くと、土方は雪の首に巻かれている首巻きを整える。肌が見えないように引き伸ばされた生地が雪の頬を擽った。

「随分と着膨れしてんな」
「い、言い方考えてくださいっ」
「ははっ、悪い悪い」

 全く悪いと思っていなさそうな笑い声を上げながら、土方は雪を見下ろした。
 首巻きは斎藤の元私物、手首に巻いているのは藤堂の元私物。どうして雪が持っているのかなど、土方が知っているはずもなかった。

「……あの先に、蝦夷があるんですか?」
「多分な」
「土方さんでも行ったことないんですよね」
「ああ」
「怖く、ないんですか?」
「……怖かねぇよ」
 
 ほんの少しだけ、返答が遅れた。即答したかったはずなのに、そうできなかった。
 嘘か誠とかも分からない答え。それでも、その答えを聞いた雪は小さな笑みを浮かべた。

「約束、守れてよかった」
「だな」

 一緒に蝦夷へ行く。その約束は、二人をこの場に引き合わせるための口実だった。
 約束をしないと、共にいることすら叶わない。二人は常にそんな危険と隣り合わせに生きていた。
 潮風が土方のトレンチコートの裾を広げる。
 袴とも着物とも、浅葱色の羽織とも広がり方が違って見えた。

「……雪」
「何ですか?」

 髪を切ったからか、その横顔がよく見えるようになった。
 切れ長の目、白い肌、すっと通った鼻筋。きっと、今までに彼と出会ってきた女性は皆惚れたことだろう。
 沖田の話は冗談のようで、やっぱり本当なのだと思わされる。

「──……一緒に、来てくれるか?」

 恐れるものなどこの世に存在しない。敵など敵ではない。
 いつだって、隊の先頭にいたのは土方だった。
 そんな彼が見せる、一抹の不安。雪という小姓にだけ見せた、不安の心。
 新選組の副長として生きていた頃は、不安に思うことすら許されなかった。
 けれど、今この瞬間だけは、新選組副長の土方歳三ではない。雪も新選組副長の小姓ではない。

「当たり前じゃないですか」

 ただ船に乗って、遠い見ず知らずの北の大地に向かっているだけ。
 きっと、蝦夷地に着けば元の主従関係に戻る。けれど、それが二人にとっては丁度よかった。

「向こうに着いても、埋もれるな。……堂々と咲け」

 そんな言葉が潮風と共に流れていった。
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