想いと共に花と散る
第七章

北の大地

 あの町は、こんなにも小さかっただろうか。
 船が進むごとに遠ざかっていく、かつて大勢の仲間と過ごした町。

「……あんまり顔を出すと、落ちるぞ」

 そんな町を眺めていると、そっと肩に手を置かれる。
 声が聞こえた方向に顔を向ければ、真っ直ぐと前を見据える土方がいた。
 黒のトレンチコート、黒のズボン、黒の革靴。全身真っ黒の洋装姿。
 昔の面影なんて腰に携えている二振りの刀くらいだ。印象的だった長い黒髪は短く切り揃えられている。

「実感、湧かないです」
「俺もだ」

 肩に置かれていた手が離れて、ほんの少し距離が開いた。
 それでも向かう先は、見ている先は同じ。目指すは北の大地、蝦夷だ。

「……あいつは、最後に何て言っていた」

 数日掛けて江戸に行ったのに、滞在期間はたったの一日あまりだった。
 新撰組、沖田総司の最期を看取り、雪は足早に土方の元へと帰ったのだ。
 どういうわけか、帰った先にはいたはずの者がいなくなっていて。

「ありがとう、ですって」
「そうか」
「……猫、どっか行っちゃった」
「猫?」

 とうに出発した町は見えなくなって、目の前に広がるのは先の見えない水平線。
 そんな水平線を眺めながら、同じ様に洋装姿に変わった雪はぽつりと呟く。

「黒猫は病を祓ってくれるって聞いていたのに、そんなのただの迷信だった。本当は、もう治らないって伝えに来ただけだったのかな」
 
 目の前に現れるだけ現れて、最期の時が来たら何処かへ行ってしまう。
 なんて無責任なのだと、叫びたかった。

「それでも、お前が隣にいてやれたのなら良かったんじゃねぇか。その黒猫が最期を伝えに来たとして、一人だったらその方が酷だろう」

 病が治らない、治してやれない。そんなことは何も意味をなしていなくて。
 ただ、あの時に黒猫が現れたのは、雪に沖田の最期を看取るまで帰るなと伝えるためだったのかもしれない。
 最期まで隣りにいたから、彼の本心を知ることができた。最期まで彼の温もりに触れられていた。

「お疲れさん」

 この人、こんなにも優しさを見せてくるような性格をしていたか。
 最近になって抱き締めるようになったり、甘ったるい言葉を口にしたり、こうして頭を撫でてきたり。
 
「……はい」

 胸の奥が痛い。痛くて、とにかく痛くて嫌になるのに、その原因が分からないのだ。
 だから、これは自分が悪いのではない。
 不器用でわかりにくい優しさを見せてくる、土方のせいだ。
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