想いと共に花と散る
ざわついていた室内が、いつの間にか静まり返っていた。
酒を置く音も、椅子を引く音も止み、自然と視線が一か所に集まっていく。
その視線の先にいる土方は、壁際から離れると、会場の壇上へと上がり参加者達に向き直った。
派手な動作はない。ただ背筋を伸ばし、その場にいる全員を見渡すだけ。
それだけで、場の空気が引き締まった。
「……土方歳三だ」
名乗りは、それだけだった。
余計な肩書きも、前置きもない。
「俺は、ここに勝ちに来たわけじゃねぇ」
低く、よく通る声が室内に落ちる。
「生き残るために来た。無駄死にさせねぇために、前に立つ」
誰も口を挟まない。
その言葉が、覚悟のない者を振るい落とすためのものではなく、死を知っている者の実感から出た言葉だと、誰もが悟っていたからだ。
「命を張る覚悟がある奴だけ、付いて来い。迷うなら、今ここで降りろ。責めはしねぇ」
短い沈黙が落ちる。
畳の軋む音ひとつしない。
だが、誰一人として席を立たなかった。
「……以上だ」
それだけ告げて、土方は壇上から降りようとした。
そんな時、彼を呼び止める声が会場全体に響き渡る。
「ま、待ってください!」
声を上げたのは市村だった。
勢いよく壇上の箸から前へと躍り出て、慌てて背筋を伸ばす。
「市村鉄之助です! 本日より、土方さんの小姓を務めさせていただきます!」
声は少し裏返っていたが、視線は真っ直ぐ前を向いていた。
「至らない点も多いですが……必ず、恥にならぬよう励みます!」
深く頭を下げて、市村は声高々に言った。
その必死さに、周囲から小さな笑いと温かな視線が向けられる。
市村は耳まで赤くしながらも、顔を上げてきっぱりと胸を張った。
そして、土方のすぐ隣に、もう一人立っている影がある。
雪は、一歩前に出た。
胸の奥がざわついている。だが、その揺れを押し殺し、会場にいる人々から目は一切逸らさなかった。
「……結城、雪です」
静かな声だったが、不思議とよく通った。
「私は、土方さんの小姓です」
一瞬、場がざわめく。
年若い少女にしか見えない存在が男装をして、小姓を名乗ること自体が異例だった。
視線が集まる。訝しむ者、驚く者、面白がる者。
それでも、雪は言葉を止めない。
「命令があれば、従います。危険があれば、逃げません」
そして、隣に立つ土方を一度も見ないまま言い切った。
「私は、何処までもこの人の隣で戦います」
迷いのない宣言だった。
誰かが息を呑み、誰かが言葉を失う。
その中で、土方だけが、僅かに目を細めた。
「……勝手に決めてんじゃねぇ」
低く呟くように言いながらも、その声に拒絶はなかった。
「だが、覚悟があるなら離れるな。俺は、後ろは振り返らねぇ」
「はい」
雪は、土方の言葉に即答した。
市村は目を丸くし、大鳥は口元に笑みを浮かべ、榎本は興味深そうに雪と土方を見比べる。
「――……いい顔だ」
誰に向けた言葉かは、はっきりしない。
だが、その場にいた者達は、それぞれに理解した。
こうして、蝦夷地に新たな指揮系統が生まれた。
それは軍の始まりであり、同時に退くことを選ばなかった者達の覚悟の形だった。
酒を置く音も、椅子を引く音も止み、自然と視線が一か所に集まっていく。
その視線の先にいる土方は、壁際から離れると、会場の壇上へと上がり参加者達に向き直った。
派手な動作はない。ただ背筋を伸ばし、その場にいる全員を見渡すだけ。
それだけで、場の空気が引き締まった。
「……土方歳三だ」
名乗りは、それだけだった。
余計な肩書きも、前置きもない。
「俺は、ここに勝ちに来たわけじゃねぇ」
低く、よく通る声が室内に落ちる。
「生き残るために来た。無駄死にさせねぇために、前に立つ」
誰も口を挟まない。
その言葉が、覚悟のない者を振るい落とすためのものではなく、死を知っている者の実感から出た言葉だと、誰もが悟っていたからだ。
「命を張る覚悟がある奴だけ、付いて来い。迷うなら、今ここで降りろ。責めはしねぇ」
短い沈黙が落ちる。
畳の軋む音ひとつしない。
だが、誰一人として席を立たなかった。
「……以上だ」
それだけ告げて、土方は壇上から降りようとした。
そんな時、彼を呼び止める声が会場全体に響き渡る。
「ま、待ってください!」
声を上げたのは市村だった。
勢いよく壇上の箸から前へと躍り出て、慌てて背筋を伸ばす。
「市村鉄之助です! 本日より、土方さんの小姓を務めさせていただきます!」
声は少し裏返っていたが、視線は真っ直ぐ前を向いていた。
「至らない点も多いですが……必ず、恥にならぬよう励みます!」
深く頭を下げて、市村は声高々に言った。
その必死さに、周囲から小さな笑いと温かな視線が向けられる。
市村は耳まで赤くしながらも、顔を上げてきっぱりと胸を張った。
そして、土方のすぐ隣に、もう一人立っている影がある。
雪は、一歩前に出た。
胸の奥がざわついている。だが、その揺れを押し殺し、会場にいる人々から目は一切逸らさなかった。
「……結城、雪です」
静かな声だったが、不思議とよく通った。
「私は、土方さんの小姓です」
一瞬、場がざわめく。
年若い少女にしか見えない存在が男装をして、小姓を名乗ること自体が異例だった。
視線が集まる。訝しむ者、驚く者、面白がる者。
それでも、雪は言葉を止めない。
「命令があれば、従います。危険があれば、逃げません」
そして、隣に立つ土方を一度も見ないまま言い切った。
「私は、何処までもこの人の隣で戦います」
迷いのない宣言だった。
誰かが息を呑み、誰かが言葉を失う。
その中で、土方だけが、僅かに目を細めた。
「……勝手に決めてんじゃねぇ」
低く呟くように言いながらも、その声に拒絶はなかった。
「だが、覚悟があるなら離れるな。俺は、後ろは振り返らねぇ」
「はい」
雪は、土方の言葉に即答した。
市村は目を丸くし、大鳥は口元に笑みを浮かべ、榎本は興味深そうに雪と土方を見比べる。
「――……いい顔だ」
誰に向けた言葉かは、はっきりしない。
だが、その場にいた者達は、それぞれに理解した。
こうして、蝦夷地に新たな指揮系統が生まれた。
それは軍の始まりであり、同時に退くことを選ばなかった者達の覚悟の形だった。