想いと共に花と散る
 いつの間にか、あれだけ頭を殴っていた喧騒が消えている。
 というか、随分と静かだ。こんなにもあの会場は静かだっただろうか。
 いや、違う。この甘い匂い、あの会場では一度も嗅いでいない。

「………っ……あ」
「やっと起きやがったか」

 なんで、なんでこんなにも土方の顔が近くにあるのだ。
 そう問うよりも先に、肩に回されていた手に力が込められた。
 倒れそうになってから一切記憶がないが、どういうわけか自分は部屋に戻ってきていて、そしてどういうわけか。
 土方の膝の上で、爆睡していたようだ。

「……なんでぇ?」
「なんでって、何がだよ」
「ひじかぁさん……女の人達と、楽しそぉに話してたのに……」

 この部屋にいるはずがないと言いたかった。
 見たことのない笑顔を浮かべて、羅列されるお世辞を笑って躱していたではないか。
 それなのに、どうしてこんなにも静かな部屋で自分を膝の上に乗せている。

「てめぇには、楽しそうに見えてたのか」
「だって、ひじかぁさん笑ってたもん」
「勘弁しろ」
「……褒められてたのにぃ?」

 窓の外に投げられていた視線が、突然向けられた。鋭い眼光を宿して、不機嫌極まりないと訴えかけてくる。
 その反面、虚ろな目を向ける雪は何度も「なんでぇ?」と呂律の回らない言葉を繰り返した。

「煽てて言われる褒め言葉なんざ、屈辱だ」
「……分かんない」
「は?」
「褒め言葉は、嬉しいものだよぉ」

 まだ酒が抜けきっていない。飲んでから数刻も経っていないのだから無理もないか。
 酔った頭でも、会場で女性に囲まれて笑う土方の姿は思い出せる。
 下の名前で呼ばれても、身体を触られても、土方は笑っていた。その姿を思い出す度に、腹の底が煮え滾りそうになる。

「嬉しかったのになぁ……いい顔って言われて」

 彼に褒めてもらえるのも、彼を褒めるのも、全ては雪だけの特権だったはずだった。
 それなのに、名前も知らない女達は彼を様々な手を使って煽てる。
 時に身を寄せ、時に甘い声を出し、時に身体に触れ、彼を手に入れようと必死に手を尽くしていた。
 壇上で褒められた時は確かに嬉しかったのに、その後に残ったのは発散しようのない不快感。

「嘘だったの?」

 そんなわけがないと、心の奥では分かっていた。
 あの笑顔は偽物。身体に触れられても笑っていたのは我慢していただけで、本当はすぐにでも振り払いたかったこと。
 けれど、それらが嘘だったのなら、雪に向けた言葉もまた嘘だったのかと思うと、どうにも不安だった。

「……んなわけねぇだろ」

 それは本当?
 それとも嘘?
 もう、どちらとも判断できないくらいに脳は酔っていた。
< 437 / 489 >

この作品をシェア

pagetop