想いと共に花と散る
その一言は、大して会話も交わしたことのない松平の人柄が全面に現れていた。
双方の視線が交わることはない。互いに違う方向へ視線を向けているからだ。
その時、今まで黙っていた髭面の男が静かに口を挟んだ。
「奉行所側の内情は、私が把握しています」
部屋に響いたその言葉に、全員の視線がその男に集まる。
髭面の男は、軍艦操練所教授であり海軍奉行としての立場を得た幕臣、荒井郁之助である。
「今の箱館に、五稜郭を死守しようという覚悟を持つ者はいません。むしろ、多くは成り行きを見守っているだけです」
事実を淡々と並べる声音には、感情がない。
それは冷淡さではなく、現地を知る者の現実だった。
「……なるほど」
荒井の言葉を受け、大鳥が小さく頷く。
腕を組みながら地図を覗き込むその横顔には、軍人としての冷静さと、無用な流血を避けたいという葛藤が滲んでいた。
「つまり、こちらが強硬に出れば出るほど、無用な混乱を招くということだね」
その言葉に、室内の空気が一瞬だけ緩む。
「逆だ」
しかし、そんな空気を再び締める声が部屋に響いた。
短く、しかし明確な土方の声が、その緩みを断ち切った。
「こちらが“迷っている”ように見えりゃ、向こうは付け上がる」
卓を囲む者たちの視線が、一斉に土方へと集まる。
その目は鋭く、揺らぎがない。
戦場で幾度も見てきた、人の弱さを知る者の目だった。
「だが」
土方は一拍置いて、続ける。
「戦う気がねぇ相手を斬る趣味もねぇ。五稜郭は――……話で取る」
意外とも取れる言葉に、榎本が僅かに目を細めた。
試すような視線で、土方を見る。
「条件は一つだ」
土方の声が、さらに一段階低くなる。
鋭く細められた目が見るのは、地図上に描かれた五稜郭。
彼にとっては実物を知らない城であり、同時に未来を賭ける場所だ。
「こっちが“いつでも斬れる”ってことを、向こうに分からせる。その上で、降りる道を用意してやる」
「……脅しではなく、覚悟を見せる、か」
納得した様子で大鳥が小さく呟く。
それは否定ではなく、理解の色を帯びていた。
この男は誰よりも状況把握の能力が高い。詳しく説明せずとも理解してくれるのは、この面子と未だ打ち解けきれていない土方にとってこの上ない助けであった。
「そうだ」
土方は大鳥へと向けていた視線を再び地図の五稜郭へと視線を落とす。
星形に描かれたその城は、いまだ静かで無垢ですらある。
「守る覚悟がねぇ城は、落ちる。だが、逃げ道を塞いだ城は、必ず血を吐く」
榎本は、ゆっくりと息を吐いた。
その言葉の重さを、誰よりも正確に測り終えた顔だった。
「異論は?」
問い掛けに、誰も口を開かない。沈黙は、反対の不在を意味していた。
「では決まりだ」
徐ろにソファから立ち上がった榎本が静かに告げる。
「五稜郭は、戦わずして占領する。だが、退路も甘さも与えない」
その言葉を合図に、会議は終わった。
誰もが席を立ちながら、地図の中央に描かれた星形から目を離せずにいる。
五稜郭は、まだ白い。
まだ一滴の血も吸っていない城として、そこに在り続けていた。
双方の視線が交わることはない。互いに違う方向へ視線を向けているからだ。
その時、今まで黙っていた髭面の男が静かに口を挟んだ。
「奉行所側の内情は、私が把握しています」
部屋に響いたその言葉に、全員の視線がその男に集まる。
髭面の男は、軍艦操練所教授であり海軍奉行としての立場を得た幕臣、荒井郁之助である。
「今の箱館に、五稜郭を死守しようという覚悟を持つ者はいません。むしろ、多くは成り行きを見守っているだけです」
事実を淡々と並べる声音には、感情がない。
それは冷淡さではなく、現地を知る者の現実だった。
「……なるほど」
荒井の言葉を受け、大鳥が小さく頷く。
腕を組みながら地図を覗き込むその横顔には、軍人としての冷静さと、無用な流血を避けたいという葛藤が滲んでいた。
「つまり、こちらが強硬に出れば出るほど、無用な混乱を招くということだね」
その言葉に、室内の空気が一瞬だけ緩む。
「逆だ」
しかし、そんな空気を再び締める声が部屋に響いた。
短く、しかし明確な土方の声が、その緩みを断ち切った。
「こちらが“迷っている”ように見えりゃ、向こうは付け上がる」
卓を囲む者たちの視線が、一斉に土方へと集まる。
その目は鋭く、揺らぎがない。
戦場で幾度も見てきた、人の弱さを知る者の目だった。
「だが」
土方は一拍置いて、続ける。
「戦う気がねぇ相手を斬る趣味もねぇ。五稜郭は――……話で取る」
意外とも取れる言葉に、榎本が僅かに目を細めた。
試すような視線で、土方を見る。
「条件は一つだ」
土方の声が、さらに一段階低くなる。
鋭く細められた目が見るのは、地図上に描かれた五稜郭。
彼にとっては実物を知らない城であり、同時に未来を賭ける場所だ。
「こっちが“いつでも斬れる”ってことを、向こうに分からせる。その上で、降りる道を用意してやる」
「……脅しではなく、覚悟を見せる、か」
納得した様子で大鳥が小さく呟く。
それは否定ではなく、理解の色を帯びていた。
この男は誰よりも状況把握の能力が高い。詳しく説明せずとも理解してくれるのは、この面子と未だ打ち解けきれていない土方にとってこの上ない助けであった。
「そうだ」
土方は大鳥へと向けていた視線を再び地図の五稜郭へと視線を落とす。
星形に描かれたその城は、いまだ静かで無垢ですらある。
「守る覚悟がねぇ城は、落ちる。だが、逃げ道を塞いだ城は、必ず血を吐く」
榎本は、ゆっくりと息を吐いた。
その言葉の重さを、誰よりも正確に測り終えた顔だった。
「異論は?」
問い掛けに、誰も口を開かない。沈黙は、反対の不在を意味していた。
「では決まりだ」
徐ろにソファから立ち上がった榎本が静かに告げる。
「五稜郭は、戦わずして占領する。だが、退路も甘さも与えない」
その言葉を合図に、会議は終わった。
誰もが席を立ちながら、地図の中央に描かれた星形から目を離せずにいる。
五稜郭は、まだ白い。
まだ一滴の血も吸っていない城として、そこに在り続けていた。