想いと共に花と散る
 お茶を煎れるだけでこんなにも時間が掛かったのは初めてだった。
 西洋の文化を取り入れ始めたことで、新たな拠点となった洋館では、火の起こし方から以前とは異なる。
 京にいた頃は毎日のようにお茶を煎れて運んでいたはずなのに、ここでは市村の方が火起こしに関しては一枚上手であった。
 お茶っ葉自体は京にいた頃と同じ物、しかし使用した器は洋館にあった西洋風のカップ。
 未来では当たり前のように見ていた取っ手付きのカップだが、どうにも違和感があった。

「失礼しま―――……」

 扉を開けたその瞬間、雪の足はその場に縫い付けられたように止まった。
 部屋の中からは、噎せ返りそうになるほどの強い香水の匂いが漂ってくる。

「少しお休みになられたらどう?」

 柔らかく、甘えるような声が聞こえた。
 それが、やけに土方の傍から投げられたことに、雪は気付いてしまう。
 視線の先には、見慣れない女がいた。
 艶のある髪、函館の娘らしい整った身なり。軍服でも和装でもないその姿は、この部屋の空気だけを切り取ったように浮いている。

「あら……?」

 小さく零れた声には、驚きよりも、戸惑いに近い色があった。
 女は、そこで初めて雪に気付いたようで。土方に向けていた視線が、ふと揺れて雪へと流れてくる。
 まるで、今まで視界に入っていなかったものを見つけたように。

「どちら様かしら」

 女の視線が、雪の頭の上から下へとゆっくり滑る。
 着ているもの、手にした盆、立ち方。それは人を見るというより、立場を測る目だった。

「歳三さん、この子は? お知り合い?」

 妖艶な雰囲気を纏う女は、土方に問い掛ける。それも、随分と慣れ親しんだ様子でだ。
 まるで雪本人は、答える存在として扱っていないようにすら見える。
 その一言で、胸の奥が小さく軋んだ。
 小姓。そう名乗る立場でいる以上、こういう扱いには慣れているはずだった。

「……っあ………」

 そのはずなのに、開けた口からは名乗る言葉の一つも出てこない。
 女の唇が僅かに笑みの形を作ったが、その目は笑っていなかった。

「随分と、お若いのね」

 声は柔らかい。けれど、何処か雪を試すように線を引く響きだった。
 雪は視線を伏せたまま、盆を抱える手に力を込める。
 反論はしない。睨み返しもしない。
 ここで感情を出すことは、負けを認めることと同じだと分かっていた。
 だから、ただ静かに、淡々と。

「失礼いたします」

 いつも通りの所作で、一歩部屋の中に進む。
 女の視線が、もう一度だけ雪をなぞった。興味を失い掛けた、気まぐれな目で。
 その視線を雪は最後まで受け止めなかった。
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