想いと共に花と散る
 雪は、盆を抱えたまま土方の元へと向かう。書斎の前に立つ女の隣に辿り着くと同時に、その足は止まった。
 視線が、ゆっくりと机の上に落ちる。
 そこには、すでに一つの湯呑みが置かれていた。
 初めて目にするはずなのに、懐かしさをを感じさせる陶器。器だけで温かさを滲ませる、昔ながらのそれ。

 (……あっ………)

 胸の奥が、すっと冷えるのを感じた。
 雪が持ってきたのは、西洋風のカップだ。
 白い磁器に、取っ手が付いたもの。この洋館では珍しくもないが、土方にはどう考えても似合わない。
 畳に胡坐をかき、刀を傍らに置いている男がその取っ手に指を掛ける姿をどうしても想像できなかった。
 土方であれば、きっと迷わず湯呑みを取るだろう。
 それが分かってしまったから、雪の腕は、湯呑みを机の上に運ぶ途中で止まったまま動けなくなる。
 すでに別の茶が用意されていようと、気にせずに差し出せばいい。小姓として、それが役目だ。
 でも、自分の持ってきたお茶は彼には選ばれない。そして、そんな場面をこの女の前で晒すことになる。
 それを想像しただけで、喉の奥がきゅっと詰まった。

「あら……」

 楽しげな声が頭上から落ちてきた。
 反応が遅れる。顔を上げるよりも先にもう一度女の声が聞こえた。

「ごめんなさいね」

 女は、机の上にある湯呑みに視線を落とし、見せつけるかのようにくすりと微笑む。

「私が先に、お茶を出してしまったから」

 悪びれる様子はない。
 むしろ、申し訳なさそうな言葉の裏に嘲笑が滲んでいる。
 弄ばれているとすぐに分かった。それでも、反論できなかった。

「お仕事、取ってしまって」

 その一言が、雪の胸に静かに突き刺さる。
 取った。そう、はっきり言われた気がした。
 雪は、何も言えずにただ盆を抱え直す。
 指先が少し白くなって、余計に盆を握る手に力が籠もった。
 土方は、まだ何も言わない。視線も、湯呑みと雪の間をほんの一瞬行き来しただけだった。
 その沈黙が、余計に重い。
 女は雪を一瞥し、柔らかな笑みを向ける。

「気にしないで。慣れないお屋敷ですものね」

 労わるようでいて、はっきりと線を引く言葉。
 貴方は、ここに“属していない”。そう言われている気がして、雪は唇を噛みしめた。
 盆を下ろすことも引き下がることもせず、雪はただ静かにその場に立ち尽くした。
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