想いと共に花と散る
 近頃、土方達は目に見えて忙しくなった。
 正確には、忙しいというよりも余裕がなくなった、という方が近いのかもしれない。
 朝は早く、夜は遅い。部屋に戻ってきても書状や地図を前に黙り込んでいる時間が増え、声を掛けるのを躊躇ってしまうことも多かった。
 以前のように、何気ない言葉を交わすことも減った。
 冗談を言えば軽く返してくれたはずなのに、今は視線だけを寄越して「後だ」と短く言われる。

(……仕方ない、んだけど)

 分かっている。
 五稜郭を巡って、事が大きく動いているのは嫌というほど感じている。
 だからこそ、邪魔をしてはいけないとも思う。
 それでも、感じてしまう寂しさにはどうにも嘘が吐けない。
 洋館の一室、窓辺の椅子腰掛けた雪は、膝を抱えたまま小さく息を吐いた。
 やるべき仕事はある。掃除も洗濯も、雑務はいくらでもある。
 それなのに、何処か手持ち無沙汰だった。
 誰かの傍に控える「小姓」としてではなく、ただの自分としてぽつりと取り残されたような感覚。

「……暇だなぁ」

 ぽろりと零れた独り言は、誰に聞かれることもなく空気に溶けた。
 暇な時間は嫌いだ。単純にすることがないと落ち着かないというのが一番の理由。
 しかし、それと同時にあれやこれやと考えてしまうことが嫌だった。
 また誰かが血を流す戦いが始まるのではないか。
 今あるこの平穏な時間が終わってしまうのではないか。
 そんな現在の旧幕府側が立つ状況の悪化を不安に思う気持ち。
 そしてもう一つ。

「……琴さん………また、お茶持って行ってた」

 執拗に雪の小姓としての仕事を奪おうとしてくる一人の女。
 数日前、土方に振られたはずの彼女は、懲りずに何度も茶を煎れては土方の元へ行っていた。
 以前、雪が湯呑みではなく西洋風のカップに茶を煎れて持っていたことを嘲笑い、見せつけるために湯呑みで用意しているのだ。
 あの女が何をしたいのかは分からない。何故、そんなにも雪を陥れようとするのか。何故、振られてもなお土方に固執するのか。
 分からないことばかりで、この暇な時間が今はただ苦痛であった。

「雪ちゃーん?」

 そんな沈んだ気持ちを抱えていた時。
 軽やかな声と共に、廊下を小走りに近づいてくる足音が聞こえてくる。
 扉が控えめに叩かれ、次いで顔を覗かせたのはつねだった。

「こんなところにいたのね。探しちゃった」
「どうしました?」
「ねえ、街に出るんだけど、付き合ってくれない?」

 思いがけない誘いに、雪は瞬きをする。

「買い出しよ。紅茶も砂糖も、少し足りなくなってきちゃって」
「……いいんですか?」
「いいに決まってるじゃない。ずっと洋館に籠もりきりじゃ、息が詰まるでしょう?」

 そう言って笑うつねの表情は、いつも通り柔らかい。
 その気遣いが有り難くて、雪は小さく頷いた。
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