想いと共に花と散る

小さな宴

 
「雪! こっちで一緒に飲もうぜー!」
「うん、今行くね!」

 数日前の静けさなど欠片も見当たらない。
 今夜は芹沢一派も揃って皆で宴の席を設けた。屯所の離れに全員が揃い、特別豪勢というわけではないが酒瓶の蓋が開けられる。
 かなりの酒乱らしい芹沢はすでに出来上がっており、彼の周りには同じく顔を赤らめた平山や田中がいた。

「おい、平助。雪には飲ませんじゃねぇぞ」
「えー、なんでだよ。あの不審者を捕まえられたのは、ある意味雪のおかげじゃん」
「ううん、いいよ平助くん。私お酒飲めないから」

 沖田と永倉の間に座った雪は、やけに酒を進めてくる藤堂を嗜める。
 土方のみならず、雪にすら止められた藤堂は、行き場を失った盃を勢いよく傾けた。

「雪、平助のことは放っておいて……。はい、雪の分」
「わっ、こんなにたくさん。ありがと総司君。でも、食べれるかな……」

 漫画の世界でしか見たことのない米の盛り方をした茶碗を受け取り、雪は苦笑を零す。
 此度の宴は、御所の警護を無事に終えられたこと、そして御所に侵入しようとしていた倒幕派の浪士を捕まえたことの祝である。
 倒幕派の浪士を捕まえるに当たって、雪は誘拐されそうになりつつも抵抗し、その場に留められた行動を見初められた。
 藤堂の言う通り、浪士を捕まえられたのはある意味雪がいたからでもある。

「お前は壬生浪士組(うち)の中でも若造なんだ。たくさん食って、たくさん動け」
「わー、珍しい。永倉さんが雪に話し掛けた」

 沖田の一言で隊士達の視線が隣り合って座る永倉と雪へと集中する。
 あまりの熱視線に耐えかねた雪は、黙々と食事を続ける永倉へと視線を向けた。
 ピンと伸びた背筋、藤堂や原田のように米を頬張らない、ゆったりとした所作は根っからの武士のように見える。
 
「冷めるぞ」
「あっ! そ、そうですね。いただきます!」

 永倉に促され、手を合わせると漫画盛りの米を頬いっぱいに頬張る。
 特別豪華な食事ではなくても、沖田が盛った米は温かい。それだけではなく、この空間に満ちる空気は雪を優しく包む。
 
「嬉しそうだね、雪」
「えっ? なんで?」
「なんでって、随分と笑顔でリスみたいに頬張るからさ」

 しばし脳の理解が遅れる。沖田の言葉の意味を理解した頃、雪の顔は茹でダコのように真っ赤に染まった。

「リスじゃない!」

 離れの中が笑い声に満たされ、どっと騒がしくなった。

「こらこら、食事中は暴れない」

 ぽかぽかと沖田の肩を殴る雪と、それを何食わぬ顔で受け止める沖田の間に穏やかな男の声が入った。

「源さんに言われちゃあ、やめないとねぇ」

 沖田が源さんと呼ぶのは、物静かで穏やかな風貌の井上源三郎という男である。
 何とも意地汚い笑顔を浮かべる沖田から目を逸らし、雪は井上を見た。

「雪君、沖田君の挑発に乗ってしまえば彼に踊らされるだけだよ」
「そ、そうですね!」

 ちょうどいい時に助け舟を出してくれた井上に心のなかで感謝をしつつ、雪は再びご飯を頬張る。
 豪華な料理がなくても、高価な酒がなくても、皆が同じ部屋で同じことを祝えば、それだけで楽しいのだと雪は初めて知ったのであった。
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