キスしたら回帰前の記憶が戻りました
一章

キス


 
 目の前の男、カレミア様……カレミアは、心底嬉しそうな顔で私に微笑みかける。

「ふふ、こうして君と触れ合えて嬉しく……」

「キャアーーッッ!!!!!!」

 私はカレミアの頬を思いっきり引っ叩いてベッドから逃げた。

 思い出したわ、全部ね。

 私、ローシェは、同じ人生の二回目に突入してしまったらしい。

 ローシェとして生きるのはこれで二回目だわ。

 前回の人生もカレミアと一緒に過ごしていた。

 それは、私が十四歳のデビュタントの時だった。

 始めての社交の場は、私にとって迷路のよう。

 付き添いのお兄様は他の貴族と会話をしていて、何をしたらいいのかわからなくて、途方もなく迷い続けていた。

 そんな、一人寂しくしていた私に話しかけてくれたのが、カレミアだった。

 カレミアは私のことを綺麗だと言ってくれたから、初心な私は彼を好きになってしまった。

 その日からは、一緒にランチを楽しんだり、演劇を観に行ったりして、会う回数を重ねていった。

 暫くして、カレミアに交際をしよう、と提案すると、快く受け入れてくれたのである。

 それどころか、交際し始めて一月でプロポーズをしてもらった。

 私はその頃から、カレミアからの寵愛を受けていると勘違いをして、他の令嬢を見下していたのだった。

 『私が一番、愛されている。』

 『カレミア様は私だけの御方になるのよ!』

 有頂天だった私は、ここからだんだんと底に落ちていくことになる。

『カレミア様、今日は……』

『すまない、また今度にしてくれ。』

 カレミアは愛人を優先するようになり、会ってくれなくなった。

 愛人は、私とは比にならないほどに、可愛らしい令嬢だった。
 
『なんで、あんな令嬢を優先するのよ……!!』

 私はそれが気に食わなくて、愛人の悪い噂を流したり、カレミアのいないところで愛人に酒をかけたりした。

 そして、私の十八歳の誕生日。

 カレミアの愛人の陰謀か、はたまたカレミア本人が仕向けたのか。

 それは知らないけど、冤罪を着せられて処刑されてしまったのだ。

 最後に見た光景は、まるで蟻を見るかのような視線を私に向けたカレミアと、カレミアの愛人が嘲笑っている様子だった。

『カレミア様、ローシェ様がこちらを見てらっしゃいますよ。』

『穢らわしい、反吐が出る。』

『本当、醜い方ですね。』

 本当に私を愛してくれる人が欲しい。

 もう一度だけ、やり直したい。

 そう思ってから、私は二回目の人生に突入したのだと思う。

 実際、今思い出すまでは、一回目の人生と全く同じだったから。

 何故世界が巻き戻ったのかは分からない。

 だけど、動揺していても、これだけはわかる。

 カレミアとだけは縁を切ったほうがいい。

「ろ、ローシェ……?どうしたんだい……?」

「カレミア様、別れましょう。」

 驚いた顔をしたカレミアを置いて私は部屋を出る。

 急いで自室に戻って、鞄に入る量の荷物を詰め込む。

「よし、目指すは隣国ね。」

 私は鞄を持って走り、カレミアの邸宅を急ぎ足で出ていく。

 冬はやっぱり寒くて、鼻から通る空気が冷たいし、肺も痛い。

 街は賑やかで人々が行き交い、買い物をしたり食べ物を食べたりしている。

 一回目の人生、馬鹿だった私にはみっともなく見えた街が、今はとてもキラキラ輝いて見えた。

 私は街を見回りながら駅を目指す。

 貴族という身分もいらないから、とにかくゆっくり過ごしたいかもしれない。

 私って、疲れてたのかな。

 馬鹿だった私はカレミアを追いかけて、それ以外は見ようとしなかった。

 処刑されたから、短い人生一回分を経験した訳だけど、流石に盲目的すぎると思う。

 とりあえず、ゆっくり過ごせるお家が欲しいわ。

「お嬢さん、パンはいかが?」

「……へ、わ、私!?」

 いきなり話しかけられてびっくりしちゃった、どうやらここはパンを売っているお店のようね。

 この女性は……店員さんかしら。

「そう、そこの可愛らしいお嬢さん、ソーセージのパンはどう?」

 ソーセージの挟まったパン……香ばしくていい匂いだけど、生憎お金をあまり持っていない。

 私の財産は硬貨より宝石ばかりだったから、宝石数個しか持ってきていない。
 
 汽車で隣国に行くのがやっとくらいの硬貨数なので、隣国で換金するまで食事は出来る限り我慢しなければならない。

「……大丈夫、です。」

 ふいっとそっぽを向いて歩き出そうとしたけれど、私のお腹は正直でぐ〜っと大きく鳴ってしまった。

 は、恥ずかしい!これでも立派なレディなのに!!

「あの、これは、違います!!その……お金をあまり持っていなくて……」

「ふふっ、なら半額でどう?」

「えっ!?」

 半額なら買えそうだけど、申し訳ない気持ちの方が勝ってしまって迷ってしまう。 

「助け合い、だから……ね?」

 店員さんの優しさに心がじんわり温まると同時に、遠くから大きな声が聞こえてきた。

『ローシェ!』

『ローシェ様!!』

 カレミアとその部下の声だわ、逃げないと捕まってしまう。

 いや、相手は馬に乗っているはず。

 なら、隠れてやり過ごすほうがいいのかも……

 でも、どうやって?

「あの、大丈夫?」

「あっ、パン買います!ちょっと急用が出来てしまって……」

 私はお金を出して店員さんの手を取り、半ば強制的に乗せた。

 店員さんは慌ててパンを袋に詰めて、私に手渡した。

「ありがとうございます!」

「気をつけて……」

 ポカンとしている店員さんにお礼を言ってから、私は駅に向かって走り出す。

 建物の影に隠れながら行けば、きっとバレずに駅にたどり着けるはず。

 夕暮れの空は、オレンジに水を一滴たらしたような橙色が、紺色に呑まれかけていた。

 ________


 
 馬の蹄の音から逃げ続け、ついに目的地である駅にたどり着くことができた。
 
「こ、ここが駅……」
 
 夕暮れ時だというのに、人がたくさん。

 これは……持ってきておいたローブを着たほうがよさそうね。

 ローブを被って、駅の受付まで急ぐ。

「こんばんわ、どちらまで?」

「隣国まで……」

「はい、銅貨五枚になります。」

 私は受付の人に、銅貨五枚の入った袋を手渡す。
 
 受付の人は中身を確認した後、事務的な笑みを浮かべて切符を渡してくれた。

「いってらっしゃいませ。」

「ありがとうございます。」

 事務的な会話を済ませて、ゲートを通り抜けて、私は汽車を待つ。

「ふぅ……やっと一息つけた……」

 早速、パンの入った袋を開けて、ソーセージのパンを取り出した。

 ソーセージのしょっぱい匂いと、小麦の香ばしい匂いが混ざって、私の鼻を通り抜けていく。

 あぁ、なんて美味しそうなの。

 一口かじると、カリッと音がして、肉汁があふれるソーセージ。

 口の中で花火をしているみたいに弾けて、食べるのが楽しい。

 パンは優しい小麦の甘い味がして、ソーセージの美味しさを引き立てている。

 夢中で食べていると、いつの間にか残り一口になってしまった。 

 心の中でしょんぼりしながら、最後の一口を食べたところで、汽車が汽笛を鳴らしながら到着した。

 のはいいんだけど、ゲートの方からなにやら騒がしい声が聞こえる。

 ちらりと見てみると、人だかりができていて、その隙間からなんと、カレミアがゲートを通り抜けるのが見えてしまった。

 (なんてしつこいの……!)

 そんなに私を追いかけてくるのなら、私も堂々としてやろうじゃないの。

 公衆の面前で別れれば、きっと噂になって私を追いかけるのを諦めるはず。

 私は椅子から立ち上がって、ブーツを軽やかに鳴らしながら、カレミアの前に立つ。

「……ローシェ!!」

 カレミア、貴方との縁を切らせていただくわ。
 
 


 
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