キスしたら回帰前の記憶が戻りました
カレミアとの決別
私がカレミアに名を呼ばれ、野次馬が一斉にこちらを向いた。
「ローシェ、どうしてしまったんだ?」
「何がですか?」
「何がって……俺と別れようとして、挙句逃げ出したではないか!」
カレミアは私の両手を掴んで、顔を歪めながらそう訴えてきた。
そんなカレミアに呆れてため息をつき、ギロリと鋭く睨む。
「いるんでしょう?大切な愛人が。」
「は!?」
「確か、マチス男爵家の……あぁ、クレア様?」
カレミアは動揺している、やっぱりこの時期から愛人を作っていたのね。
私は貴方に好かれようと、努力を惜しまなかったのに。
私の愛を裏切った罰は重いわよ、カレミア。
「言い訳はいりませんわ、だって、全て貴方が悪いんですもの。」
「違うんだ、ローシェ!!」
「何が違うのです?クレア様と仲良くしていればいいじゃないですか。」
私はもう、疲れました。
そう言って、カレミアに掴まれた手をするりと抜いて、汽車へと歩みを進める。
しかし、まだ納得していないのか、カレミアは私の肩を強く掴んできた。
「ローシェ!!」
その瞬間、汽車の扉は閉じられて、汽笛を鳴らしながら動き始めてしまった。
次の汽車まで待たないといけなくなってしまったじゃないの!!しつこいのよ!!
私はふつふつと煮えたぎり始めた怒りを抑え、演劇でよく出てくる悲劇のヒロインを思い浮かべながら叫んだ。
「痛いです、やめてください!!酷いです……!!」
周りの人々がひそひそと話し始める。
そう、これが私の狙い。
悲劇的な令嬢を演じることで、周りからの同情を買えば、うまく逃げられるかもしれない。
と、思って実行したのはいいんだけど、カレミアは男性で私は女性。
肩を強く掴む手を除けることができなかった。
「離して!!」
「断る!それより、酷いのはローシェじゃないか!!」
「は?」
「愛人を作ったくらいで、別れるなんて言わないでくれ!僕は君を愛している!!だから!」
何を言っているのか、わからない。
そもそも、私がいるのにも関わらず、愛人を作ったのが悪いのよ。
私はローシェ・ミルディア、大公家の長女。
前国王陛下の弟君である、私のお祖父様が受けた爵位を、今も受け継いでいる。
つまり、私も王族の血が入っているのだ。
それに比べて、カレミアの家に与えられた爵位は伯爵。
爵位で言えば私のほうが偉いのだ。
本当は、身分で物事を語りたくないんだけど、今回ばかりは仕方がない。
「カレミア・ハイド、今すぐ私から離れなさい。」
「えっ、急にどうしたんだ……」
カレミアは明らかに動揺している。
私からフルネームで呼ばれたこと、強い口調で命令されたことがなかったから、こんなに驚いているのだろう。
「大公女という私がいながら、愛人を作り、その上別れたくないですって?」
「いや、しかし……」
「今すぐ離れなさいと言いましたよね。」
カレミアは私の強気な言葉に、渋々肩から手を離した。
「伯爵家の後継者でありながら、大公女の私にみっともなく縋るだなんて、情けないとは思いませんの?」
図星だったのか、カレミアは肩を震わせて唇を噛んでいる。
この調子で責めていけば、私への執着を折ることができそう。
「私がいなくても、クレア様と一緒に生きていけばいいのでは?愛人にするほど慕っていらっしゃるのでしょう?」
「それは!」
「言い返す言葉もございませんのね、どうせ私に近づいたのも、大公家の財産目当てなのでは?」
金目当ての貴族からの汚らしい視線、幾度となく浴びてきたあの気持ちが悪い視線。
カレミアはうまく隠していたようだけど、今ならわかる。
愛していると言いながら、実際は財産が目的なだけで、私のことを利用できる甘ったれた女としか思っていなかったんだってことが。
「そうでしょう?私にはわかるの。」
「……ろ、ローシェ」
「このことはお父様に言いつけます、もう二度と私に話しかけないでください。」
「そんな……!」
汽笛の音が鳴って、振り向くと次の汽車が到着していた。
その場に崩れ落ち、うなだれるカレミアを置いて、私は軽やかな足取りで汽車に乗り込んだ。
ホームとは反対側の窓側の席に座って、出発を待つ。
隣国であるレーリエは、この国、クルドラとは友好的な国である。
だから、大公女の私が滞在しても、捕らえられたりはしないと思う……多分。
それに温暖で作物がよく育つらしく、農業が盛んらしい。
小さな家を買って、農業をして、のんびり過ごしたいわ。
でも、生活のために必要なものもあるし、それじゃあいつかお金が尽きてしまう。
__なら、私の得意なことを仕事にすればいいじゃない。
私は刺繍や裁縫が得意である。
理由は簡単、回帰前にカレミアへ刺繍をたくさん贈っていたから。
用事がない時は、部屋に閉じこもってずっと刺繍をしていた。
そのおかげなのか、私は刺繍を極めてしまったのだ。
思い出したくないわ……あの頃の私はかなり_
『カレミア様、私の愛をたくさん贈りますわ……全て受け止めてくださいまし……!』
『こんなものではだめよ!もっとカレミア様のように美しく!情熱をもっと込めて!』
『ふふ、この刺繍糸には、私の愛情を……!』
うっ、思い出すだけで頭痛がしてくる。
愛情って、それ血液じゃないの。
自分を傷つけて血液を染み込ませるなんて……下品すぎるわ!!
回帰前の私って、すごく……かなり病的に恋をしていたのね。
さて、思い出すのはもうおしまい。
私の自由で穏やかな新しい生活が始まるの。
トラブルに巻き込まれたりしないといいんだけど。
そこでちょうど汽笛が鳴り、汽車がゆっくり動き始めた。
窓の外の景色が横に移り変わっていく。
なんて美しい星空なの。
小さな光が集まっていて、大きな輝きを放っている。
やっぱり、部屋にこもってばかりじゃいけないのよ。
こうして外に出て自然に触れないと、当然色々な感覚も鈍ってしまうわ。
レーリエに到着するのはきっと明日の朝になるでしょう。
汽車の揺れが心地良いから、このまま少しだけ寝てしまおう。
きっと、起きる頃には国境を越えているはずよ。