一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
「……ぶっ、あっはははは!」
赤提灯が揺れる焼き鳥屋のテーブル席。
ジョッキ三杯目の生ビールを空けた私は、もはや恐怖心など微塵もなくなっていた。
あるのは、目の前の男のあまりの「現実の見えてなさ」に対する、腹の底からの笑いだけだ。
「無理! 無理です! 先生、もう一度言ってください!」
私は涙目でテーブルをバンバン叩きながら、向かいに座る坂上先生に詰め寄った。
先生は不機嫌そうにハイボールのグラスを揺らしながら、むすっとした顔で指を折り始める。
「……だから。はい先生、理想は?」
「……美人で」
「はい、美人で」
「俺の仕事に理解があって」
「ほうほう」
「LINEの返信が遅くても怒らなくて」
「うんうん」
「一ヶ月に一度しか会えなくても、文句も言わないし浮気も疑わない」
先生はそこで一旦言葉を切り、真剣な眼差しで私を見た。
「それでいて、俺の医師免許や金目当てじゃない、純粋な子」
数秒の沈黙。
私は大きく息を吸い込み──。
「あっはっは! 無理! 無理です! いないです!」
店員が振り返るほどの大声で笑い飛ばしてやった。
先生が「なんだよ、人が真面目に話してるのに」と口を尖らせるが、知ったことではない。
「先生、それ、人間じゃないです!
都合のいい幽霊か、プログラムされたAIか、あるいは菩薩です!」
「……菩薩」
「いいですか? 『一ヶ月放置されても文句を言わない』時点で、普通は『愛されてない』って判断して次に行きます!
それを待ち続けてくれる『美人』?
そんな希少種、ツチノコより見つかりませんよ!」
私は枝豆の殻を皿に投げ捨てながら、勢いで捲し立てた。
普段なら絶対に言えない。でも今夜は、アルコールと、あの駐車場の修羅場の記憶が私を強気にさせている。