一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
「大体ですね、先生のスペックが高いのは認めますけど、その『要求仕様』はバグだらけです。
先生の実験データなら、私が『n数がゼロです』って突き返してますよ」
「……お前、酔うと口が悪くなるんだな」
「誰のせいだと思ってるんですか!
毎日毎日、先生のワガママなiPS細胞と、ワガママな先生のご機嫌伺いで、こっちはストレス満タンなんです!」
「……悪かったよ」
意外にも、先生は反論してこなかった。
しゅん、と分かりやすく落ち込み、焼き鳥の串をいじり始める。
「……やっぱり、俺が悪いのか」
「えっ」
「前の彼女にも言われたんだ。『あなたは私じゃなくて、仕事と付き合ってるみたいだ』って」
ハイボールの氷がカラン、と音を立てる。
その弱りきった姿を見せられると、さっきまでの勢いはどこへやら、急に罪悪感が込み上げてくるから卑怯だ。
私はため息をつき、自分のジョッキを両手で包み込んだ。
「……まあ、先生が悪いっていうか。
先生が『外科医』っていう生き物である以上、仕方ない部分はあると思いますよ」
「……慰めか?」
「事実です。
だって、手術中の先生は……悔しいけど、かっこいいですから」
「……は?」
先生が顔を上げる。私は視線を逸らし、メニュー表の隅を見つめた。
「輸血部で電話取ってても分かります。
先生の判断は速いし、迷いがない。患者さんを助けようとしてる執念みたいなのが、電話越しでも伝わってくるんです。
……そういう、命懸けで仕事してる姿を知ってるから、私含めてスタッフみんな、先生の理不尽な要求にもついていってるんですよ」
そこまで一気に言ってから、私は咳払いをした。
ちょっと褒めすぎたかもしれない。
「ま、プライベートが壊滅的なのは、その才能の代償ってことで諦めてください」
「……最後の一言、余計だろ」
先生は苦笑いしながらも、さっきより少しだけ表情が晴れていた。
そして、「すみません、ハイボール濃いめで」と店員に追加注文をする。
「……ありがとな、高橋」
ボソッと言われたその言葉に、私は「どういたしまして」と肩をすくめた。
この人の「理想の彼女」には死んでもなれないけれど、こうして愚痴を聞いてあげる「飲み仲間(兼 部下)」くらいになら、なってあげてもいいかな、と独り言を言うように思った。