一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
「“可能性”なら何だって言える」
先生の声は淡々としているのに、言葉の刃だけが鋭く突き刺さる。
「p 値 0.047 は、統計的にただの“境界”だ。しかも外れ値の影響を考慮していない。
これを見て『有意差が出ました』としか言えないなら、考察があまりに浅すぎる」
私の喉がひゅっと狭くなる。
「えっと……じゃあ、症例を追加すれば──」
「症例を増やせば、じゃない」
先生がぴしゃりと遮る。
「“増やさなきゃいけない”んだよ。現状だと結論になっていない。
それと、家族歴の欠損。多変量解析モデルに入れられないほど欠損が多い理由は?」
「……カルテの入力が不充分で……」
「言い訳はいい」
逃げ場なんて、どこにもなかった。
「欠損が多いなら、“欠損が多い理由”を解析の一部として説明すべきだ。
都合の悪いデータを避けて、たまたま出た有意差だけ見せるのは、研究じゃなくて詐欺だ」
マウスを握る手が微かに震えた。
正論すぎて、頭が痛い。
「……すみません」
「謝罪はいらない。次回までに全部やり直し」
坂上先生は冷たく言い放つと、
「このままじゃ論文にすらならないって自覚を持てよ」
と付け加えた。
その時、先生の白衣のポケットでPHSが鳴った。
画面を一瞥するなり、先生の目が外科医の色に変わる。
「はい、坂上です──わかった、すぐ行く」
通話を切ると、先生はすっと立ち上がった。
「緊急オペ入ったから。後は村瀬先生に見てもらって」
そう言い残し、足早にラボを後にしていく。
残された私は大きなため息をついて、パソコンを閉じた。