一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます


「“可能性”なら何だって言える」

先生の声は淡々としているのに、言葉の刃だけが鋭く突き刺さる。


「p 値 0.047 は、統計的にただの“境界”だ。しかも外れ値の影響を考慮していない。
これを見て『有意差が出ました』としか言えないなら、考察があまりに浅すぎる」

私の喉がひゅっと狭くなる。

「えっと……じゃあ、症例を追加すれば──」

「症例を増やせば、じゃない」

先生がぴしゃりと遮る。

「“増やさなきゃいけない”んだよ。現状だと結論になっていない。
それと、家族歴の欠損。多変量解析モデルに入れられないほど欠損が多い理由は?」

「……カルテの入力が不充分で……」

「言い訳はいい」

逃げ場なんて、どこにもなかった。

「欠損が多いなら、“欠損が多い理由”を解析の一部として説明すべきだ。
都合の悪いデータを避けて、たまたま出た有意差だけ見せるのは、研究じゃなくて詐欺だ」

マウスを握る手が微かに震えた。
正論すぎて、頭が痛い。

「……すみません」

「謝罪はいらない。次回までに全部やり直し」

坂上先生は冷たく言い放つと、

「このままじゃ論文にすらならないって自覚を持てよ」

と付け加えた。
その時、先生の白衣のポケットでPHSが鳴った。

画面を一瞥するなり、先生の目が外科医の色に変わる。

「はい、坂上です──わかった、すぐ行く」

通話を切ると、先生はすっと立ち上がった。

「緊急オペ入ったから。後は村瀬先生に見てもらって」

そう言い残し、足早にラボを後にしていく。
残された私は大きなため息をついて、パソコンを閉じた。

< 2 / 80 >

この作品をシェア

pagetop