一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
$ ssh yuki.t@192.168.10.50
パソコンのコマンドプロンプトに慣れた手つきでSSH接続のコマンドを打ち込み、パスワードを入力する。
一瞬の間を置いて認証が通ると、画面上のホスト名が私のPCからサーバーのものへと切り替わる。
続いて、解析ソフトウェアを起動。
[yuki.t@med-server01 ~]$ R
R version 4.2.1 (2022-06-23) -- "Funny-Looking Kid"
Copyright (C) 2022 The R Foundation for Statistical Computing
Platform: x86_64-pc-linux-gnu (64-bit)
...
>
無機質なコンソール画面が立ち上がり、カーソルが点滅して私の入力を待っている。
この素っ気ない画面こそが、今の私には一番の鎮静剤だ。
> library(tidyverse)
> data <- read.csv("DCM_final_dataset.csv")
> head(data)
慣れた手つきでコマンドを打ち込み、エンターキーを叩く。
画面に、集めに集めた拡張型心筋症患者の心エコーデータがずらりと吐き出された。
ID Age Sex LVEF GLS Genotype Medication
1 001 58 M 34.5 -10.2 Positive ACE-i
2 002 62 F 41.0 -12.5 Negative BB
3 003 45 M 28.0 -8.4 Positive MRA
4 004 71 F 38.2 -11.0 Negative ACE-i
...
無数の数字の羅列。
けれど、私にはその一行一行が、生身の患者さんの顔に見える。
ID 001の男性は、息切れが酷くて車椅子で検査室に来た人だ。ID 003の方は、まだ若いのに心臓がボロボロで……。
「……EFだけ見てたら、埋もれちゃうんだよな」
私は傍らに置いてある実験ノートを広げた。
コーヒーの染みがついたページには、過去に実施した解析の残骸が、走り書きのような文字で埋め尽くされている。
『p = 0.047 → 外れ値除去後 p = 0.062 (有意差消失)』
『LVEFと遺伝子変異の相関:弱い』
『重症度分類の見直しが必要?』
赤ペンで何度も「×」がつけられた、失敗の記録たち。
坂上先生に「考察が浅い」と切り捨てられた、あの日の屈辱的なデータだ。
「……でも、GLSなら」
私はノートの新しいページを開き、ボールペンを握りしめた。
従来の「EF(駆出率)」という大雑把な指標ではなく、筋肉の繊細な「ひずみ」を見るGLS解析。
私が連日、エコー室で追加計測してきたこの新しい変数なら、ノイズの中に隠れている「真実」を炙り出せるかもしれない。
私は画面に向かい、新たな仮説をもとに解析コードを打ち込み始めた。
今度こそ、完璧で美しい「p < 0.01」を叩き出してやる。