一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
恋人同士
彼のマンションは東京タワーの見える、見るからに高級そうな高層マンションの1LDKだった。
エントランスのオートロックを解除する手つきも、エレベーターのボタンを押す指先も、すべてが洗練されていて。
ここが賃貸なのか分譲なのかは分からないけれど、どちらであっても、彼の収入と社会的地位を想像すれば可能なのだろう。
彼は部屋に私を招き入れると、「先にシャワーを浴びてくる」と言い残して、迷いなくリビングを去った。
去り際にチラリと見えた、ネクタイを緩めて外した胸元。
露わになった鎖骨のラインに、否応なく心臓が高鳴った。
これから起こることを、雄弁に物語っていたからだ。
「……はぁ」
一人残されたリビングで、私は大きく息を吐いた。
緊張で指先が冷たい。
私は所在なく、広々とした部屋を見渡した。
「……生活感、なさすぎでしょ」
思わず独り言が漏れる。
フローリングには塵一つ落ちていないし、グレーで統一された家具はモデルルームのように整然としている。
キッチンを見ても、料理をした形跡はほとんどない。冷蔵庫の中身も、どうせミネラルウォーターとビールくらいしか入っていないのだろう。
(週に一度しか帰らないって言ってたもんね……)
ここは彼にとって「家」というより、ただ身体を休めるための高級な「カプセル」なのかもしれない。
そう思うと、窓の外に輝く東京タワーの赤色が、どこか寂しげに見えてくる。
ふと、ソファの脇にあるローテーブルに目が止まった。
そこだけ、唯一「彼らしい」乱雑さがあったからだ。
積み上げられた海外の医学ジャーナル。
書きかけの論文のプリントアウト。
そして、飲みかけのまま放置されたサプリメントの瓶。
『DCM(拡張型心筋症)における……』
一番上の論文タイトルを見て、私は苦笑した。
この人は、家に帰ってきても、シャワーを浴びる直前まで、結局仕事のことばかり考えているのだ。
私の知っている、不器用でストイックな「坂上先生」そのものだ。
「……本当に、救いようがないワーカホリック」
呆れたはずなのに、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
この部屋の冷たさと静けさが、彼の抱える孤独の深さのように思えて。