一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます


「……今すぐ、採り直してください」

私は冷徹に告げた。

『はぁ!? ふざけるな! 血管確保するだけで精一杯だったんだぞ!
また刺し直せって言うのか! 患者が死んだら責任取れんのか!』

「死なせる気ですか!!」

私は研修医の怒声を上回る声量で叫び返した。

「今、予備検査で反応を見ました!
01番の検体はA型、02番はB型です!
もし、この検体が逆の患者さんのものだったら……A型の人にB型を入れることになります!
即座に溶血して、ショック死しますよ!!」

『っ……!』

「身元不明の男性で、年齢も近い。取り違えが一番起きやすい状況です!
検体の信用性がゼロである以上、私は一滴も出せません!
患者さんを殺したくなければ、今すぐリストバンドを確認して、採り直して送ってください!!」

電話の向こうで、「貸して!」という女性の声が聞こえた。

『……ERの水瀬です。研修医がミスしたようで迷惑かけた。
確認してくれて本当にありがとう。
今すぐ私が採り直して送る。
一分で届けるから、準備して待ってて!』

恐らく年次が上の先生なのだろう。判断が早い。

私は「お願いします!」と叫んで電話を切った。

「……はぁ、はぁ……」

心臓が早鐘を打っている。
手元の二本の検体を見る。
もし、研修医の言葉を鵜呑みにして、このまま血液を出していたら。

今頃、ERでは心停止のアラームが鳴り響き、私たちは「患者を殺した共犯者」になっていたかもしれない。

「……高橋さん、ナイス」

先輩が青ざめた顔で、親指を立ててくれた。

「……廃棄しましょう。この検体は、爆弾です」

私は震える手で、二本の採血管を破棄ボックスへと投げ入れた。
どんなに急いでいても、絶対に省略してはいけない手順がある。

それを守るのが、現場に行かない私たちの、唯一にして最大の戦いなのだ。



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