一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
嵐
来てほしくない、と思っていても、定期的に嵐は来る。
その日の夕方、ホットラインが鳴ったのは、市内で大型バスと乗用車の多重衝突事故が起きた直後だった。
『ERより輸血部! 交通外傷、搬送三名! 全員ショックバイタル!
緊急輸血準備! 名前はまだ分からない!
仮ID、「救急1024-01」から「03」でオーダー飛ばす!』
先生の切羽詰まった声。
修羅場だ。私は即座に戦闘モードに入る。
「了解! 01、02、03ですね! 検体届き次第、型判定します!」
数分後、シューターがゴトゴトと音を立て、三本分の採血管がカプセルに入って届いた。
私はそれをひったくり、ラベルを確認する。
『救急1024-01(男性・推定20代)』
『救急1024-02(男性・推定20代)』
……その瞬間。
私の指が、ピタリと止まった。
(……おかしい)
技師としての直感が、警鐘を鳴らした。
採血管に貼られたバーコードラベル。
その貼り方が、01番と02番で、微妙にズレている。
いや、それだけじゃない。
添付されたオーダー用紙の筆跡が、乱れているが同じだ。
「……先輩、遠心ストップ!」
私は遠心機に入れようとしていた先輩の手を掴んだ。
「高橋さん!? 急がないと!」
「待ってください。……この検体、誰が採りました?」
私は受話器を掴み、ERの内線ボタンを叩いた。
呼び出し音一回で繋がる。
『はいER、研修医の木村です。 血液まだですか!?』
電話に出たのは、研修医の焦った声だった。
「輸血部です! 今届いた『01番』と『02番』の検体について確認です!
これ、採血したのは同じ先生ですか!?」
『あ? ああ、僕だけど……それが何!? 01番の血圧が下がってるんだ、早くA型かO型を──』
「採血の時、患者さんのリストバンドと採血管、ご自身の目で『一本ずつ』照合しましたか!?」
私の怒鳴り声に、電話の向こうが一瞬静まり返った。
「01番と02番の患者さん、ストレッチャーが隣同士じゃありませんか?
まとめて採血して、後からラベルを貼ったりしてませんか!?」
『え……い、いや、それは……急いでたから、二本まとめて採って、ベッドサイドで……』
言葉が詰まる。それが答えだった。
やってしまったのだ。一番やってはいけない「まとめ採り」を。