一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます

YIA




夏前に関東地方で開催された、循環器系の地方会に、先生と参加する機会があった。
私が担当したポスターセッションは、会場の隅のパネルの前に立ち尽くす時間が長かった。

内容はあくまで修士課程での研究の進捗報告。
立ち止まってくれた数人の先生から、「N数はもう少し増やせる?」「検体の内訳は?」といった基本的な質問を受けただけで、議論が白熱することもなく淡々と終わった。
手応えは、可もなく不可もなく。

対照的に、メインホールで口頭発表を行った坂上先生は違ったらしい。

最新の術式成績と予後予測因子についての発表は、質疑応答の時間オーバーになるほどフロアを沸かせたと、研究室のポスドクの先生が興奮気味に教えてくれた。

夕方のクロージングセッション。
薄暗くなった大ホールに、学会参加者たちが疲労と少しの期待を滲ませて座っている。

私はホールの後方席に陣取り、前方、関係者席のあたりに座る彼の背中をぼんやりと眺めていた。

若手研究者賞(YIA)の授賞式。

基礎部門の表彰が終わり、いよいよ臨床部門の発表に移る。

司会者が手元の封筒を開き、マイクに向かった。

「──えー、厳正なる審査の結果、本地方会における臨床研究部門のYIAは──」

一瞬の静寂。
その名前が呼ばれることを、会場の誰もが、そして何より彼自身が一番確信しているような空気があった。

「東都心大学医学部附属病院心臓血管外科学講座 坂上栄人先生」

割れんばかりの拍手がホールを包む。

呼ばれた彼は、驚く素振りなど微塵も見せず、すっと立ち上がった。
仕立ての良いダークスーツの背中が、スポットライトの中に浮かび上がる。
彼は悠然とした足取りで壇上に上がると、審査員席へ、そして会場へ向けて、洗練された所作で一礼した。

(……本当に、獲っちゃうんだ)

「今回は割と本気で狙ってる」なんて言っていたけれど、その「欲しいものは確実に手に入れる」姿勢には舌を巻かざるを得ない。

その強欲さを裏打ちするだけの努力と実力が、確かにそこにある。

賞状を受け取り、フラッシュを浴びても眉一つ動かさず、どこか不遜にすら見える涼しい顔。

あの表情の下で「当然だ」と舌を出しているであろう彼の本性を知っているのは、この会場で私だけかもしれない。

壇上の彼は、悔しいくらいに完璧な「外科医・坂上栄人」だった。
私は拍手の手を止めないまま、小さくため息をついた。



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