一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
学会主催のレセプションは、会場近くのホテルの宴会場で行われた。
シャンデリアの下、立食形式の会場はグラスが触れ合う音と、医師たちの話し声で満ちている。
YIAを受賞した坂上先生の周りには、常に人の輪ができていた。
私はタイミングを見計らい、少し客足が引いた隙に彼に近づいた。
「お疲れ様です。……YIA、おめでとうございます」
グラス片手にそう声をかけると、彼は張り詰めていた表情をわずかに緩めた。
「ああ、ありがとう」
珍しく素直な感謝の言葉と、短い微笑み。
研究室で見せる不機嫌な顔とも、さっき壇上で見せた傲慢なほどの自信とも違う、ふっと力の抜けたその表情に、私は不覚にも少し胸が高鳴った。
だが、甘い雰囲気は一瞬だ。
すぐにまた、他大学の教授や部長クラスの医師たちが名刺を持って彼を取り囲む。
私は邪魔にならないよう、すっと半歩下がって彼のアシスタントのような位置に控えた。
「いやあ、素晴らしい発表でした。あの症例数は圧巻だ」
「ありがとうございます。教授のご指導のおかげです」
坂上先生は完璧な「若手外科医」の仮面を被り、社交辞令を流暢にこなしていく。
その時、相手の年配の医師が、背後に控える私に目を留めた。
「おや、そちらの方は? 先生の後輩ですか」
医師ではない、と一目でわかったのだろう。
私は背筋を伸ばし、会釈をしようとした。
私が口を開くより先に、坂上先生が慣れた様子で私を掌で指し示す。
「ええ。基礎研究のほうで所属している、研究室の修士学生です」
彼は私の肩書きを淡々と、しかしどこか誇らしげに紹介した。
「──検査技師なんですが、とても手先が器用で。いいデータを毎回出してくれるので、助かっています」
「ほう、それは頼もしいパートナーだ」
相手の医師が感心したように頷く。
私は「恐縮です」と深く頭を下げながら、顔が熱くなるのを感じていた。
(……ずるい)
普段は「遅い」「もっと効率よくやれ」と文句ばかり言うくせに。
こんな煌びやかな場所で、他人に紹介する時だけ「手先が器用」「助かっている」だなんて。
しかも、「パートナー」という響きを否定せず、あえて誤解を含ませるような流し目をする。
「いいデータ」と言う時の彼の声が、実験データのことだけを指しているのではない気がして。
私は平静を装いながら、グラスを持つ手に少しだけ力を込めた。