一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
彼の命令口調には、有無を言わせぬ響きがあった。
私がソファに腰を下ろすと同時、彼の腕が伸びてきて、私の腰を強引に引き寄せた。
反動で私の身体が彼に預けられる。目の前には、少し乱れたシャツの襟元と、彼の喉仏があった。
「……他の男の話をこれ以上するなら、口を塞ぐぞ」
「自分から聞いてきたのは先生じゃないですか」
「うるさい」
不機嫌そうな言葉とは裏腹に、私の頬に触れる彼の手つきは、手術の時と同じくらい慎重で、そして熱かった。
彼は私の顔を上向かせると、確かめるような深い口づけを落とした。
アルコールの香り。そして、彼特有の整髪料と微かな消毒液の匂いが混ざった香りが、思考を甘く痺れさせていく。
唇が離れると、彼は私の右手を取り、その指先を一本一本、愛でるように撫でた。
「御崎の言った通りだ。……お前のこの手は、優秀だよ」
マイクロピペットを握り、コンマ数マイクロリットルの試薬を調整する指先。
膨大なデータを処理し、彼の求める解を導き出す指先。
彼はその掌に唇を寄せ、低い声で囁いた。
「だが、この指が誰のために動いているのか、勘違いするなよ」
「……はい。私の指導教官は、坂上先生だけですので」
私の答えが気に入ったのか、彼は満足げに喉を鳴らすと、私の耳元に顔を埋めた。
「なら、証明してみせろ」
「証明、ですか?」
「ああ。さっきエレベーターで言っただろう。……俺を癒やすのも、パートナーの務めだ」
彼の空いている手が、私の背中に回される。
逃げられない距離。
彼はわざとらしく、私の耳朶を甘噛みしながら続けた。
「俺の手技と、お前の手技……どっちが上か、今夜じっくり確認してやる」
挑発的な言葉に、身体の奥が熱くなる。
私は彼の首に腕を回し、その強気な瞳を見つめ返した。
「……評価基準は、厳しいですよ? 先生」
「望むところだ」
彼はニヤリと笑うと、私の身体をソファごと深く沈み込ませるように抱きしめた。
部屋の明かりを落とす必要はない。
夜は、まだ始まったばかりだ。