一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
夏
8月。
蝉時雨が降り注ぐ窓の外とは対照的に、私たちの研究室は、冷徹で無機質な繁忙期へと突入した。
夏が本格的に始まると同時に、研究のフェーズは一気に加速した。
きっかけは、iPS細胞の樹立成功だ。
暗室のモニターで確認した、山中4因子の鮮やかな発現バンド。
リプログラミングが成功したことを告げるあの美しいデータは、私たちにとっての到達点ではなく、過酷な障害物競走の始まりを告げる号砲に過ぎなかった。
そこから先は、息つく暇もない。
これまで扱ったことすらなかったゲノム編集ツール、CRISPR-Cas9の条件検討。
ターゲット配列の設計から、オフターゲット効果の検証まで、未知の手技を泥臭く手探りで進めていく日々。
さらに並行して進む、心筋細胞への分化誘導。
細胞のご機嫌を伺いながら、毎日決まった時間に培地を交換し、拍動を開始するまでの長い期間を管理し続ける。
ホワイトボードの予定表は、瞬く間に文字で埋め尽くされ、余白などどこにもない。
私の夏は、青白い蛍光灯の下で、ピペットとマイクロチューブと共に過ぎ去ろうとしていた。