一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
昔
時刻は二十三時を回ったところ。
研究室の静寂を、サーマルサイクラーのファンの音だけが単調に刻んでいる。
私は実験台の端で、電子天秤と向き合っていた。
アガロースの粉末を薬さじで慎重に量り取り、フラスコへ。
電子レンジで溶かした時の、あのもわっとした独特の匂いが鼻をくすぐる。
「……まだ残ってたのか」
背後から不意に声をかけられ、私はビクリと肩を跳ねさせた。
振り返ると、仮眠から起きてきたのか、少し髪の乱れた坂上先生がコーヒー片手に立っていた。
「あ、すみません。音、うるさかったですか?」
「いや。……もうこんな時間だぞ。まだ帰らないのか」
「PCRがあと三十分で終わるんです。明日、朝イチで電気泳動流したいので、その産物回収待ちで」
私は手元のフラスコを軽く揺らしながら答えた。
「そのついでに、泳動用のゲルとか、洗浄用の生食とかがストック切れそうになってたので、作っておこうかなと。
やる事が割と溜まってて。今のうちに片付けちゃった方が楽ですし」