一大決心して大学院に進学したら、なぜか指導教官の外科医に溺愛されてます
「それに……忘れたんですか?」
「え?」
「……約束したじゃ、ないですか」
あの夜。
遠心分離機の音が響く、深夜の研究室。
まだ何も知らず、ただ未来だけを見ていた私たちが交わした、指切りよりも確かな言葉。
「『いつか共著で論文を書こう』って」
「……っ」
彼の目が、大きく見開かれた。
「ファーストオーサーが先生で、セカンドが私。……世界のどこかのジャーナルに、二人の名前を並べるんでしょう? ……私、まだ諦めてませんよ」
私は泣き笑いの顔で、彼に詰め寄った。
「先生が大学を辞めちゃったら、あの約束、嘘になっちゃうじゃないですか」
「……有希」
「嘘つきは嫌いです。……だから、辞めないで。パパになっても、私の憧れの『坂上先生』でいてください」
それは、私のわがままであり、彼への最大の敬意だった。
彼が彼でなくなるなら、私は幸せになれない。
研究者としての彼を愛しているからこそ、その翼をもぐような真似はしたくない。
彼はしばらく呆然としていたが、やがてクシャリと顔を歪めた。
それは、悔しさと、愛おしさと、どうしようもない幸福が混ざったような、男泣きの表情だった。
「……勝てないな、お前には」
彼は私の肩に顔を埋め、震える声で言った。
「……分かった。……書こう。絶対に」
「はい」
「論文も、婚姻届も、出生届も。……全部に、俺たちの名前を並べよう」
「……はいっ!」
夜の公園。
私たちは強く抱き合い、改めて誓い合った。
それは、かつてのような「無邪気な夢」ではない。
痛みも、重圧も、責任も、全て背負って歩んでいく、大人の「共著契約」だった。