幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない
第13章 『隼人の冷たい誤解』
その日の仕事が終わる頃、
雨が降り出した。
窓の外に落ちる雨粒が、
まるで今の由奈の心みたいに
静かに、止まらず落ち続けている。
(……隼人さん、今日は早く帰るって言ってたけど)
ほんの少しだけ期待してしまう。
そんな自分が嫌になる。
傘を差して会社を出ようとしたとき、
前から隼人が歩いてきた。
「……隼人さん?」
隼人は小さく頷くだけで、
いつもの穏やかな表情とは違った。
なんていうか――
冷たくはないけれど、
どこか“閉じている”ような、
由奈から距離を置いているような顔。
(……怒ってるのかな)
胸がそっと痛む。
「……迎えに来てくれたんですか?」
勇気を出して聞いてみると――
隼人の反応は鈍かった。
「ああ……たまたま近くにいたから」
その言い方が、
優しさではなく“義務”のように聞こえた。
由奈の心臓がひゅっと縮む。
(たまたま……
本当は迎えに来たわけじゃないんだ)
二人で並んで歩き出す。
雨の匂いが強く、
アスファルトに落ちる雨音が
静かに耳を叩く。
隼人は傘を由奈の方へ傾けてくれている。
そういう優しさは変わらない。
でも、会話は途切れたまま。
隼人が何を考えているのか分からない。
(……言わなきゃ。
祐真さんのこと、誤解されたままは嫌だ)
そう思って口を開こうとした。
けれど、
隼人が先に言葉を落とした。
「……昨日の男。
また会うつもりはあるのか?」
由奈は立ち止まりそうになった。
「そ、そんなわけないです……!
偶然で、私は……私はただ……!」
うまく言葉が出ない。
雨の匂いが肺に入って、
胸が苦しくなる。
隼人は表情を変えないまま、
由奈を見た。
「……震えてたよな、由奈。
俺より……あいつの前で」
由奈の息が止まる。
(隼人さん……
そんなふうに見えてたの……?)
隼人の声は静かだった。
怒っているわけでも、責めているわけでもない。
でも、冷たい誤解がそこにあった。
「……未練でも、あるのかと……
一瞬……思った」
由奈の全身から血の気が引いた。
「み、未練なんて……!
ほんとうに、ないです。
絶対に……ないです……!」
由奈の声は震えていた。
隼人はそれを見て、さらに誤解する。
まるで“泣きそうだから、余計に触れられない”ように
距離を取る。
隼人の目が少しだけ伏せられる。
「……そんなに否定しなくてもいい。
過去に誰がいたって……いい」
(違う……違うの……)
「俺が……
その全部を知ってる必要は、ない」
その一言が、
由奈の胸を深く刺した。
(……隼人さんは、
もう私のことを知りたくないの?)
喉が痛くて、何も言えない。
隼人は歩き出す。
由奈も傘を握り直してついていく。
二人の距離は、
ほんの数センチのはずなのに――
心は何メートルも離れているようだった。
雨音だけが、
二人の沈黙を埋めていく。
(隼人さん……冷たくなった……
私、嫌われた……?)
家に着く頃には、
由奈の心の中に“静かな絶望”が
ゆっくりと広がっていた。
――祐真という影が生んだ
小さな誤解。
でも、その誤解は
夫婦の心を確実にすれ違わせていた。
雨が降り出した。
窓の外に落ちる雨粒が、
まるで今の由奈の心みたいに
静かに、止まらず落ち続けている。
(……隼人さん、今日は早く帰るって言ってたけど)
ほんの少しだけ期待してしまう。
そんな自分が嫌になる。
傘を差して会社を出ようとしたとき、
前から隼人が歩いてきた。
「……隼人さん?」
隼人は小さく頷くだけで、
いつもの穏やかな表情とは違った。
なんていうか――
冷たくはないけれど、
どこか“閉じている”ような、
由奈から距離を置いているような顔。
(……怒ってるのかな)
胸がそっと痛む。
「……迎えに来てくれたんですか?」
勇気を出して聞いてみると――
隼人の反応は鈍かった。
「ああ……たまたま近くにいたから」
その言い方が、
優しさではなく“義務”のように聞こえた。
由奈の心臓がひゅっと縮む。
(たまたま……
本当は迎えに来たわけじゃないんだ)
二人で並んで歩き出す。
雨の匂いが強く、
アスファルトに落ちる雨音が
静かに耳を叩く。
隼人は傘を由奈の方へ傾けてくれている。
そういう優しさは変わらない。
でも、会話は途切れたまま。
隼人が何を考えているのか分からない。
(……言わなきゃ。
祐真さんのこと、誤解されたままは嫌だ)
そう思って口を開こうとした。
けれど、
隼人が先に言葉を落とした。
「……昨日の男。
また会うつもりはあるのか?」
由奈は立ち止まりそうになった。
「そ、そんなわけないです……!
偶然で、私は……私はただ……!」
うまく言葉が出ない。
雨の匂いが肺に入って、
胸が苦しくなる。
隼人は表情を変えないまま、
由奈を見た。
「……震えてたよな、由奈。
俺より……あいつの前で」
由奈の息が止まる。
(隼人さん……
そんなふうに見えてたの……?)
隼人の声は静かだった。
怒っているわけでも、責めているわけでもない。
でも、冷たい誤解がそこにあった。
「……未練でも、あるのかと……
一瞬……思った」
由奈の全身から血の気が引いた。
「み、未練なんて……!
ほんとうに、ないです。
絶対に……ないです……!」
由奈の声は震えていた。
隼人はそれを見て、さらに誤解する。
まるで“泣きそうだから、余計に触れられない”ように
距離を取る。
隼人の目が少しだけ伏せられる。
「……そんなに否定しなくてもいい。
過去に誰がいたって……いい」
(違う……違うの……)
「俺が……
その全部を知ってる必要は、ない」
その一言が、
由奈の胸を深く刺した。
(……隼人さんは、
もう私のことを知りたくないの?)
喉が痛くて、何も言えない。
隼人は歩き出す。
由奈も傘を握り直してついていく。
二人の距離は、
ほんの数センチのはずなのに――
心は何メートルも離れているようだった。
雨音だけが、
二人の沈黙を埋めていく。
(隼人さん……冷たくなった……
私、嫌われた……?)
家に着く頃には、
由奈の心の中に“静かな絶望”が
ゆっくりと広がっていた。
――祐真という影が生んだ
小さな誤解。
でも、その誤解は
夫婦の心を確実にすれ違わせていた。