幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない
第19章 『雨の交差点で』
夜の街は、
びっしりと降る雨に飲まれていた。
街灯の光がにじみ、
道路に落ちる雨粒が白く跳ねる。
隼人は傘もささずに走っていた。
靴底が水を跳ね、
シャツは瞬く間に肌に張り付き、
冷たい風が体温を奪っていく。
(由奈……どこに行った……
どこへ……)
息が荒い。
心臓の鼓動が痛いほど脈打つ。
“由奈が一人で夜に外へ出る”
それだけで、
胸が潰れそうだった。
(俺の言い方が悪かった……
どれだけ、あの子を追い詰めてたんだ……)
罪悪感が喉を締めつける。
でも同時に、
胸の奥底で別の感情が燃えている。
嫉妬。
恐怖。
執着。
(……祐真の名前を聞いてから、
由奈の表情が変わった)
――未練?
――いやだ。
――そんなはず、ない。
隼人は雨をはらい、
さらに走る。
気づけば、
駅へ続く大通りに差し掛かっていた。
信号の光が雨でぼやけ、
人がほとんどいない。
それでも——
その中に、見覚えのある姿があった。
白いブラウスが雨に透け、
肩を落としてうつむく女性。
信号待ちの横断歩道。
その中央で、小さく震えて立っている。
「……由奈」
隼人の喉が詰まった。
たった数十メートル。
それだけなのに、
遠く感じる。
隼人はゆっくり歩きながら
呼吸を整えた。
(泣いてる……?)
雨で顔は分からない。
でも、分かる。
肩の震え方で。
立ち尽くす足の力の抜け方で。
(……由奈……俺のせいだ)
胸の奥が痛みで裂けそうだった。
由奈は信号の赤をぼんやり見つめていた。
(……どこへ、行けばよかったんだろう)
降りしきる雨が
髪を、服を、体温を奪っていく。
ほんの少しだけ、
泣いてしまっているのかもしれない。
でもそれは雨に紛れて消えていく。
「……っ」
由奈は胸を押さえた。
隼人に、迷惑をかけた。
離れたくないとあんなふうに言わせた。
なのに自分は逃げた。
(ごめんなさい……
隼人さん……)
その時だった。
背後で、水を踏みしめる足音が近づく。
一定のリズムで、
強い力強さで。
由奈は振り返れなかった。
振り返ったら——
泣いてしまう。
(誰……?)
足音は止まらなかった。
近い。
もっと近い。
心臓が痛くなる。
そして。
「……由奈」
たった一言。
低くて、震えていて、
雨音よりも胸に響く声。
由奈の膝がかくんと揺れた。
(隼人さん……)
声にならない声が胸の中で溶けた。
振り返りたい。
でも怖い。
泣いた顔を見せたくない。
嫌われる。
重いって、思われる。
体が硬直する。
隼人は数歩手前で立ち止まり、
雨の中で息を飲んだ。
(……どうしてそんな顔をするんだよ)
由奈の肩が、
雨と震えで小さく揺れている。
赤信号の光が、
由奈の横顔を薄く照らしていた。
隼人は喉を震わせた。
「……由奈。
帰ろう。俺と」
返事はない。
雨が強くなり、
隼人のシャツは寒いほど濡れたが、
そんなことはどうでもよかった。
「……どうして……
傘も持たずに出たんだ」
由奈は小さく首を振った。
「……ごめんなさい……」
その声の弱さが、
隼人の限界を一気に突き破った。
隼人は一歩、踏み込んだ。
「違う。
謝ることじゃない」
由奈は驚いて顔を上げかけたが、
すぐに視線を落とした。
「……怒ってる、でしょ」
隼人の胸が締め付けられる。
「怒ってるんじゃない。
……怖かったんだよ」
由奈の呼吸が止まる。
「由奈が……どこかへ消えるんじゃないかって。
俺から……離れていくんじゃないかって」
それは隼人の本音だった。
雨よりも熱い言葉が、
由奈の胸に落ちた。
「……離れたくないんだ。
俺は」
由奈の指が、小さく震えた。
信号が青に変わる。
だが、ふたりは動かない。
交差点の真ん中で、
ふたりの心だけが激しく交差していた。
そして。
隼人は、
やっと言えた。
「……由奈。
頼むから……俺から離れないでくれ」
その声は、
泣き出しそうに弱くて、
でも由奈を強く求めていた。
雨がさらに強くなる。
由奈は耐えられなくなり、
隼人に顔を向けた——
涙と雨で濡れた頬を見て、
隼人は息を呑んだ。
(泣かせたのは……俺だ)
自責と後悔が一気に押し寄せる。
けれど。
それでも。
隼人は由奈に近づいた。
ただ——
触れる寸前で、また手が止まった。
(触れたら……壊しそうで……)
その一瞬の葛藤が、
ふたりをまた苦しませる。
それでも隼人は、
震える声で絞り出した。
「……帰ろう。
由奈を一人にしない」
雨の交差点で、
ふたりの距離はやっと“止まった”。
だけど、
まだ“縮まってはいない”。
ここから、
次の一手で物語は大きく動きます。
びっしりと降る雨に飲まれていた。
街灯の光がにじみ、
道路に落ちる雨粒が白く跳ねる。
隼人は傘もささずに走っていた。
靴底が水を跳ね、
シャツは瞬く間に肌に張り付き、
冷たい風が体温を奪っていく。
(由奈……どこに行った……
どこへ……)
息が荒い。
心臓の鼓動が痛いほど脈打つ。
“由奈が一人で夜に外へ出る”
それだけで、
胸が潰れそうだった。
(俺の言い方が悪かった……
どれだけ、あの子を追い詰めてたんだ……)
罪悪感が喉を締めつける。
でも同時に、
胸の奥底で別の感情が燃えている。
嫉妬。
恐怖。
執着。
(……祐真の名前を聞いてから、
由奈の表情が変わった)
――未練?
――いやだ。
――そんなはず、ない。
隼人は雨をはらい、
さらに走る。
気づけば、
駅へ続く大通りに差し掛かっていた。
信号の光が雨でぼやけ、
人がほとんどいない。
それでも——
その中に、見覚えのある姿があった。
白いブラウスが雨に透け、
肩を落としてうつむく女性。
信号待ちの横断歩道。
その中央で、小さく震えて立っている。
「……由奈」
隼人の喉が詰まった。
たった数十メートル。
それだけなのに、
遠く感じる。
隼人はゆっくり歩きながら
呼吸を整えた。
(泣いてる……?)
雨で顔は分からない。
でも、分かる。
肩の震え方で。
立ち尽くす足の力の抜け方で。
(……由奈……俺のせいだ)
胸の奥が痛みで裂けそうだった。
由奈は信号の赤をぼんやり見つめていた。
(……どこへ、行けばよかったんだろう)
降りしきる雨が
髪を、服を、体温を奪っていく。
ほんの少しだけ、
泣いてしまっているのかもしれない。
でもそれは雨に紛れて消えていく。
「……っ」
由奈は胸を押さえた。
隼人に、迷惑をかけた。
離れたくないとあんなふうに言わせた。
なのに自分は逃げた。
(ごめんなさい……
隼人さん……)
その時だった。
背後で、水を踏みしめる足音が近づく。
一定のリズムで、
強い力強さで。
由奈は振り返れなかった。
振り返ったら——
泣いてしまう。
(誰……?)
足音は止まらなかった。
近い。
もっと近い。
心臓が痛くなる。
そして。
「……由奈」
たった一言。
低くて、震えていて、
雨音よりも胸に響く声。
由奈の膝がかくんと揺れた。
(隼人さん……)
声にならない声が胸の中で溶けた。
振り返りたい。
でも怖い。
泣いた顔を見せたくない。
嫌われる。
重いって、思われる。
体が硬直する。
隼人は数歩手前で立ち止まり、
雨の中で息を飲んだ。
(……どうしてそんな顔をするんだよ)
由奈の肩が、
雨と震えで小さく揺れている。
赤信号の光が、
由奈の横顔を薄く照らしていた。
隼人は喉を震わせた。
「……由奈。
帰ろう。俺と」
返事はない。
雨が強くなり、
隼人のシャツは寒いほど濡れたが、
そんなことはどうでもよかった。
「……どうして……
傘も持たずに出たんだ」
由奈は小さく首を振った。
「……ごめんなさい……」
その声の弱さが、
隼人の限界を一気に突き破った。
隼人は一歩、踏み込んだ。
「違う。
謝ることじゃない」
由奈は驚いて顔を上げかけたが、
すぐに視線を落とした。
「……怒ってる、でしょ」
隼人の胸が締め付けられる。
「怒ってるんじゃない。
……怖かったんだよ」
由奈の呼吸が止まる。
「由奈が……どこかへ消えるんじゃないかって。
俺から……離れていくんじゃないかって」
それは隼人の本音だった。
雨よりも熱い言葉が、
由奈の胸に落ちた。
「……離れたくないんだ。
俺は」
由奈の指が、小さく震えた。
信号が青に変わる。
だが、ふたりは動かない。
交差点の真ん中で、
ふたりの心だけが激しく交差していた。
そして。
隼人は、
やっと言えた。
「……由奈。
頼むから……俺から離れないでくれ」
その声は、
泣き出しそうに弱くて、
でも由奈を強く求めていた。
雨がさらに強くなる。
由奈は耐えられなくなり、
隼人に顔を向けた——
涙と雨で濡れた頬を見て、
隼人は息を呑んだ。
(泣かせたのは……俺だ)
自責と後悔が一気に押し寄せる。
けれど。
それでも。
隼人は由奈に近づいた。
ただ——
触れる寸前で、また手が止まった。
(触れたら……壊しそうで……)
その一瞬の葛藤が、
ふたりをまた苦しませる。
それでも隼人は、
震える声で絞り出した。
「……帰ろう。
由奈を一人にしない」
雨の交差点で、
ふたりの距離はやっと“止まった”。
だけど、
まだ“縮まってはいない”。
ここから、
次の一手で物語は大きく動きます。