幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない
第18章 『雨の夜、由奈の決断』
リビングの時計が
静かに日付を跨いだ。
隼人が寝室へ消えていったあと、
由奈はソファに座ったまま動けなかった。
背中に、隼人の言葉が残っている。
――俺は、由奈に離れてほしくない。
(……そんなこと、言われたら……
泣きたくなってしまう)
でも泣けない。
泣けば、迷惑だと思われる。
祐真の記憶が、
また胸に黒い影を落とした。
“泣く女って、一番嫌いなんだよ”
(隼人さんはそんなこと言わない。
でも……私が泣くのを嫌だったら……)
頭に浮かんでは消え、
不安が波のように押し寄せてくる。
気づけば、窓の外は雨だった。
ぽつ、ぽつ、と
夜の街を叩く雨音が、
胸のざわめきを増幅させる。
(……苦しい)
息を吸うのも痛い。
隼人は限界だった。
でもそれ以上に、
自分が隼人の心を押しつぶしている気がした。
――重い。
――言えない。
――迷惑。
麗華の“助言”も頭にこびりついている。
――距離を置いたほうがいいかもね?
(私が……隼人さんから離れたほうが……
いいのかな……)
喉がつまる。
言ってほしい言葉が言えなくて、
伝えたい想いを握りつぶして、
自分で自分の首を絞めているようだった。
ふと立ち上がり、
玄関へ向かった。
カーテンを開けると、
外の街灯に照らされた雨が
滝のように落ちている。
(少し……外に出よう)
頭を冷やしたい。
このまま隼人の近くにいたら、
優しさに触れて泣いてしまう。
泣くところなんて見せられない。
そっと玄関のドアに手を掛ける。
ガチャ。
夜の湿った空気が流れ込んだ。
靴を履き、
傘を取ろうとしたが、
手を止めた。
(……傘、いいや)
雨に打たれたら、
泣いても分からない。
部屋の灯りが、
雨にぼやけて滲んだ。
由奈は深く息を吸い、
無言のまま外へ踏み出した。
――冷たい雨が、肩を叩いた。
――髪がすぐに濡れた。
夜の街に、
自分の鼓動だけが静かに響く。
(行く場所なんて……ないのにね)
でもここにいると、
隼人の優しさが苦しくて
胸が裂けそうになる。
ほんの少しでいい。
逃げ場所が欲しかった。
雨音に紛れて、
誰にも聞こえない声が漏れた。
「……ごめんなさい、隼人さん」
由奈はゆっくり駅のほうへ歩き出した。
どこに行くか決めていない。
ただ、隼人と少しだけ距離を置くため。
それが正しいと思い込まされていた。
その頃。
寝室で眠れずにいた隼人が、
ふとリビングの灯りが消えたことに気づいた。
「……由奈?」
返事はない。
リビングに行くと、
玄関の靴が一足、消えていた。
傘も持っていない。
「……っ!」
隼人の顔から血の気が引いた。
雨は、強い。
夜は、深い。
そして何より――
“由奈が一人で出るような人間ではない”
ことを隼人は知っていた。
(追い詰めすぎた……!
言いすぎた……!
離れてほしくないなんて言ったのに……!)
胸が激しく痛む。
隼人はすぐに玄関のドアを開けた。
雨が横殴りに吹き付ける。
「由奈!!」
声が雨に飲み込まれた。
それでも隼人は走り出す。
必死に、
探すように
叫ぶように。
(頼む……どこにも行かないで……
俺が……悪かったんだ……!)
雨は冷たく、
夜は深かった。
――夫婦の距離は、
ついに実際の“距離”にまで広がってしまった。
そしてそれは、
由奈にとっての“最初の崩壊”であり――
隼人にとっての“本当の限界”の始まりだった。
静かに日付を跨いだ。
隼人が寝室へ消えていったあと、
由奈はソファに座ったまま動けなかった。
背中に、隼人の言葉が残っている。
――俺は、由奈に離れてほしくない。
(……そんなこと、言われたら……
泣きたくなってしまう)
でも泣けない。
泣けば、迷惑だと思われる。
祐真の記憶が、
また胸に黒い影を落とした。
“泣く女って、一番嫌いなんだよ”
(隼人さんはそんなこと言わない。
でも……私が泣くのを嫌だったら……)
頭に浮かんでは消え、
不安が波のように押し寄せてくる。
気づけば、窓の外は雨だった。
ぽつ、ぽつ、と
夜の街を叩く雨音が、
胸のざわめきを増幅させる。
(……苦しい)
息を吸うのも痛い。
隼人は限界だった。
でもそれ以上に、
自分が隼人の心を押しつぶしている気がした。
――重い。
――言えない。
――迷惑。
麗華の“助言”も頭にこびりついている。
――距離を置いたほうがいいかもね?
(私が……隼人さんから離れたほうが……
いいのかな……)
喉がつまる。
言ってほしい言葉が言えなくて、
伝えたい想いを握りつぶして、
自分で自分の首を絞めているようだった。
ふと立ち上がり、
玄関へ向かった。
カーテンを開けると、
外の街灯に照らされた雨が
滝のように落ちている。
(少し……外に出よう)
頭を冷やしたい。
このまま隼人の近くにいたら、
優しさに触れて泣いてしまう。
泣くところなんて見せられない。
そっと玄関のドアに手を掛ける。
ガチャ。
夜の湿った空気が流れ込んだ。
靴を履き、
傘を取ろうとしたが、
手を止めた。
(……傘、いいや)
雨に打たれたら、
泣いても分からない。
部屋の灯りが、
雨にぼやけて滲んだ。
由奈は深く息を吸い、
無言のまま外へ踏み出した。
――冷たい雨が、肩を叩いた。
――髪がすぐに濡れた。
夜の街に、
自分の鼓動だけが静かに響く。
(行く場所なんて……ないのにね)
でもここにいると、
隼人の優しさが苦しくて
胸が裂けそうになる。
ほんの少しでいい。
逃げ場所が欲しかった。
雨音に紛れて、
誰にも聞こえない声が漏れた。
「……ごめんなさい、隼人さん」
由奈はゆっくり駅のほうへ歩き出した。
どこに行くか決めていない。
ただ、隼人と少しだけ距離を置くため。
それが正しいと思い込まされていた。
その頃。
寝室で眠れずにいた隼人が、
ふとリビングの灯りが消えたことに気づいた。
「……由奈?」
返事はない。
リビングに行くと、
玄関の靴が一足、消えていた。
傘も持っていない。
「……っ!」
隼人の顔から血の気が引いた。
雨は、強い。
夜は、深い。
そして何より――
“由奈が一人で出るような人間ではない”
ことを隼人は知っていた。
(追い詰めすぎた……!
言いすぎた……!
離れてほしくないなんて言ったのに……!)
胸が激しく痛む。
隼人はすぐに玄関のドアを開けた。
雨が横殴りに吹き付ける。
「由奈!!」
声が雨に飲み込まれた。
それでも隼人は走り出す。
必死に、
探すように
叫ぶように。
(頼む……どこにも行かないで……
俺が……悪かったんだ……!)
雨は冷たく、
夜は深かった。
――夫婦の距離は、
ついに実際の“距離”にまで広がってしまった。
そしてそれは、
由奈にとっての“最初の崩壊”であり――
隼人にとっての“本当の限界”の始まりだった。