幼馴染の影と三年目の誤解 ――その笑顔は、私に向かない

第50章 『新しい朝——夫婦二人の再出発』

翌朝。
カーテンの隙間から差し込む柔らかな光が、
寝室の白いシーツを淡く照らしていた。

由奈が目を覚ますと――
隼人が隣にいた。

いつものように整った寝顔。
けれど今朝の隼人は、
どこか穏やかで、安らいで見えた。

(隼人さん……
そばにいてくれたんだ……)

昨日の涙の余韻が胸を締めつける。
でも同時に、
その感覚すら“守られている”と感じられる。

由奈はそっと身を起こそうとしたが――

その瞬間、
寝ていたはずの隼人の手が動き、
由奈の手首をやわらかく捕まえた。

「……起きた?」

低い、寝起きの囁き声。
少し掠れたその声に、
由奈の胸がきゅっとなる。

「はい……でも、隼人さんは……
少しでも休んでいてください」

すると隼人は目をゆっくり開け、
かすかに笑った。

「昨日、泣きすぎて……
きっと朝ツラいだろうと思ってた」

由奈は頬を赤らめる。

「見られてたんですね……
恥ずかしい……」

「恥ずかしがる必要なんかない。
泣き顔も、弱いところも――
全部、俺だけが知っていればいい」

その言葉に胸が熱くなり、
由奈はシーツをぎゅっと握った。

「……隼人さん、昨日は……
怖かったです。
でも……守ってくれて……
ありがとうございました」

隼人は身体を起こし、
由奈の髪をそっと耳にかける。

「守れたのは半分だ。
もう半分は……これからだ」

「これから……?」

隼人は由奈の手を取って、
自分の膝の上へと引き寄せた。

由奈は驚きで胸が跳ねたが、
隼人は穏やかな目で続けた。

「由奈。
俺たち……やり直そうとかじゃない」

「え……?」

「“昨日よりも強い夫婦になろう”ってことだ」

由奈の胸がじんわり熱を帯びる。

「わ、わたし……そんな立派なこと……」

「立派じゃなくていい。
お前が、俺の隣にいたいと思ってくれるだけでいい」

隼人は指先で
由奈の涙の跡をそっとなぞる。

その仕草は、
昨夜の決意と愛情が混じっていた。

「今日からは……
由奈の不安も、涙も、全部俺が先に受け取る」

「……隼人さん……
そんな……」

「代わりに、由奈は俺のそばにいてくれればいい」

その瞬間――
由奈の目から、静かに涙がこぼれた。

昨日みたいな悲しい涙じゃない。
胸の奥から溢れた、温かい涙。

隼人は驚かず、
由奈の両頬に手を添えて
ゆっくり抱き寄せる。

「泣いていい。
でもその涙は……
俺が幸せにする涙であってほしい」

由奈は胸に顔を埋めながら、
小さく笑った。

「はい……
わたし、隼人さんの妻として……
もう一度ちゃんと立ちたいです」

「立ててる。もう十分にな」

隼人の声はやわらかく、
そして深かった。



その後、
二人はゆっくり朝食の準備をした。

トーストの香り。
テーブルに置かれた二つのマグカップ。
普段と変わらないのに、
昨日までとはまるで違う“夫婦の空気”。

隼人が由奈のカップを置きながら言う。

「今日は休むか?」

由奈は少し考えて、
かすかに笑った。

「行ってみます。
……隼人さんがいてくれるって思ったら、
大丈夫な気がして」

隼人の表情がやさしくほどける。

「無理しないように。
何かあったら、すぐ俺に連絡しろ」

「はい」

そう返した声は、
昨日よりずっと明るかった。

――新しい朝。

それは、
二人が初めて
「夫婦として同じ方向を向いた朝」だった。
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