風に舞う桜
視界の端から、色がすうっと抜け落ちていくようだった。

展示室の白い壁も、照明の明かりも、おばあさんの気配も
全部が遠ざかっていく。

まるで沼底に沈んでいくみたいに、音がひどく小さくなる。

「まって…なに、こ、れ」

声が震えた。
けれど、その震えすら自分のものではないようで。

空気が弾けるように強く歪んだ。

耳をつんざく風の音。
瞼の裏に焼き付くような白い閃光。

落ちる――。
世界から足場が消えていく。

「っ!」

声にならない声で叫んだ。
誰に届くわけでもないのに。
手を伸ばしても、そこには何もないのに。

それでも、何かを掴もうとしてしまう。
さっきまで確かに立っていた場所へ逃げ帰ろうとしてしまう。

けれど、指先からすり抜けるように、光だけが流れていった。



どれほどの時間が経過しただろうか。
重たい瞼がなかなか上がらない。

暗闇の中で鼻腔を突いたのは、湿った土の匂いだった。

耳を澄ますと遠くで、低く唸るような飛行機の音が響いているのが分かる。


意を決してまぶたを開くと、見知らぬ空が広がっていた。

夏でもないのに、空は高く青く、光はどこか柔らかい。

見上げると、桜の花びらがひらひらと舞い落ちている。


「…っどこ?」

声に出して言っても誰も答えない。


資料館で立っていたはずの私は、土の上に倒れていた。

さっきまで、建物の中にいたのに…。

喉の奥がひどく熱い。
立ち上がろうとしたとき。

「大丈夫ですか!」と近くで声が響いた。

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