秘めやかなる初恋 〜姉の許嫁に捧ぐ淡雪〜

第21章：告白と真実

遥斗の決断は、雪菜の心に深い痛みを残しつつも、彼女を長きにわたる苦しみから解放した。もう、誰かに気を遣い、自分の心を隠し通す必要はない。自分の心に正直になること。遙斗がくれたその言葉が、雪菜の背中を押した。彼女の心は、ついに悠真への想いを、隠しきれないほどに大きく膨らませていた。

その夜、雪菜は決意を固めていた。
もう、嘘はつけない。自分の本当の気持ちを、悠真に伝えなければならない。それが、たとえ彼を困らせ、姉を傷つけることになったとしても、もうこの想いを秘めておくことなどできない。

翌日、雪菜は勇気を振り絞り、悠真を呼び出した。場所は、人目の少ない、会社の屋上庭園だった。風が、雪菜の髪を優しく撫でていく。その風は、まるで彼女の決意を後押ししているかのようだった。

「悠真さん…お話したいことがあります」
雪菜の声は、震えていた。悠真は、どこか訝しげな表情で雪菜を見つめている。
「なんだい？何か、業務上のトラブルでもあったのか？」
悠真の声は、以前のような冷たさを含んでいた。その声に、雪菜は心が折れそうになる。しかし、もう後には引けない。

雪菜は、深く息を吸い込んだ。
「私…悠真さんのことが、好きです」
はっきりと、真っ直ぐに、自分の想いを告げた。その言葉は、屋上庭園の静かな空気に吸い込まれていく。

悠真の表情が、一瞬で凍り付いた。彼の瞳には、驚きと、そして微かな動揺が浮かんでいる。
「雪菜…さんは、何を言っているんだ？」
悠真の声には、明確な拒絶の色が混じっていた。
「ずっと…ずっと前から、悠真さんのことが好きでした。お姉様の許嫁だと分かっていたから、ずっとこの気持ちを隠してきました。でも…もう、隠しきれません」

雪菜は、悠真の視線から逃れることなく、涙を浮かべながら、自分の想いを一言一句、正直に伝えた。
「遥斗君からの告白も、断りました。私には、悠真さんしかいません。悠真さんへの想いを抱えたまま、他の誰かの隣にいることなど、私にはできません…！」

雪菜の言葉が、悠真の心を激しく揺さぶった。
彼の表情には、葛藤、苦悩、そして、言いようのない感情が入り混じっていた。
「雪菜…さんは…」
悠真は、言葉を失ったように、ただ雪菜を見つめるだけだった。

「分かっています。私が、こんなことを言ったら、悠真さんを困らせてしまう。お姉様を裏切ることになる。でも…それでも、もう…っ」

雪菜の目から、止めどなく涙が溢れ出した。この想いを、彼に伝えられたことで、心の奥底に抱え続けた重荷が、少しだけ軽くなったように感じられた。
悠真は、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「…私も、君に惹かれていた。」

その言葉に、雪菜はハッとして顔を上げた。
「私と志穂の婚約が決まってからも、君のことが…ずっと頭から離れなかった」
悠真の声は、先ほどまでの冷たさはなく、苦しみに満ちていた。
「君が、遥斗君に告白されたと知った時、私は…言いようのない焦りを感じた。君が、誰か他の男の元へ行ってしまうのが、耐えられなかった」

悠真は、雪菜の肩にそっと手を置いた。その手は、震えていた。
「私も、君が好きだ。それは、私自身も、認めざるを得ない真実だ」
その言葉は、雪菜の心に、まさかの光を灯した。
悠真もまた、同じ想いを抱えていた。

諦めかけていた希望が、再び、鮮やかな光となって、雪菜の心を照らし出す。
しかし、悠真の表情は、喜びではなく、深い苦悩に満ちていた。

「だが…志穂を裏切ることはできない。私は、彼女を傷つけたくない。そして、家同士の約束を、私の一存で壊すことなど…」
悠真は、言葉の途中で、力なく目を閉じた。
彼の心の中の葛藤は、雪菜の想像をはるかに超えていたのだ。
「わかっています…」

雪菜は、悠真も同じ気持ちだと知った喜びと、しかし、越えられない壁の存在を改めて突きつけられ、再び絶望の淵に立たされた。
二人の想いは通じ合った。

しかし、その先に広がるのは、喜びではなく、深い悲しみと、そして、誰かを傷つけるという罪悪感だった。
屋上庭園に、風が吹き荒れる。
二人の間には、互いの想いが通じ合った喜びと、しかし、その先の困難を予感させる、重苦しい沈黙が降りていた。
雪菜の告白は、ついに真実を明らかにした。

だが、その真実が、彼らにとって、あまりにも残酷な未来を突きつけることになろうとは、まだ誰も知る由もなかった。
彼らの運命は、今、大きく動き出そうとしていた。