秘めやかなる初恋 〜姉の許嫁に捧ぐ淡雪〜

第27章:真実と償い

悠真に強引に連れてこられたのは、彼の会社の最上階にある、広々としたオフィスの一室だった。窓からは、見慣れた都会の景色が広がる。雪菜は、その光景を見て、自分が一年半もの間、遠ざけていた世界に戻ってきてしまったことを痛感した。
「雪菜。座ってくれ」

悠真は、雪菜をソファに促し、彼自身も向かい側のソファに座った。彼の表情は、先ほどまでの焦りや強引さはなく、どこか悲しみに満ちていた。
雪菜は、ソファの端に座り、悠真から視線を逸らしたまま、震える手で膝を握りしめた。
「君がいなくなってから、私は…ずっと君を探し続けていた」

悠真の声は、静かだったが、その言葉には、一年半の苦悩と、そして雪菜への深い後悔が込められていた。
「志穂との婚約は、白紙に戻した。彼女とは、二度と会っていない」
その言葉に、雪菜はハッとして顔を上げた。

「志穂は…激しく傷ついた。私の裏切りと、君の…ことで」
悠真は、自嘲するように、苦い笑みを浮かべた。

「私自身の心の弱さが、全てを壊してしまった。志穂を深く傷つけ、君をも、こんなにも苦しめてしまった」
悠真は、雪菜の目を真っ直ぐに見つめ、深々と頭を下げた。

「本当に、申し訳なかった」
その言葉は、雪菜の心に深く突き刺さった。悠真もまた、あの修羅場によって、深い傷を負っていたのだ。
「私…私は…」

雪菜は、悠真の謝罪に対し、言葉を失った。
「君がいなくなってから、私は…毎日、自分を責め続けていた。なぜ、もっと早く、自分の気持ちに正直になれなかったのかと。なぜ、君を一人で苦しめてしまったのかと」
悠真の瞳は、涙で潤んでいた。

「君を失って初めて、私は、君への想いが、どれほど深く、そしてかけがえのないものだったかを知った」
悠真は、立ち上がり、雪菜の前に跪いた。
「雪菜。君が、私を許してくれなくても構わない。君が、私を拒絶しても構わない」

彼の声は、震えていた。
「だが、もう一度だけ、私にチャンスをくれないか?これからの人生をかけて、志穂に償いをして、そして、君を、誰よりも幸せにしたい」

悠真は、雪菜の手をそっと取り、彼の頬に当てた。その手は、温かく、そして切実な願いが込められていた。
「私は、君を愛している。心の底から、君を愛しているんだ、雪菜」

その言葉を聞いた瞬間、雪菜の心の蓋が、完全に外れた。
一年半もの間、心の奥底に封じ込めていた感情が、一気に溢れ出す。
悠真もまた、自分と同じように苦しみ、自分を探し続けてくれていた。

彼の謝罪と、真実の告白。そして、彼が抱える後悔の念。
その全てが、雪菜の心を深く揺さぶった。
「悠真さん…私も…」
雪菜の瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ出した。
「私も…ずっと…悠真さんのことが…っ」

言葉にならないほどの感情が、雪菜の胸を満たしていく。
悠真は、ゆっくりと立ち上がり、雪菜を強く抱きしめた。
彼の腕の中は、温かく、そして、雪菜がずっと探し求めていた、安らぎの場所だった。

「雪菜…もう二度と、君を一人にはしない」
悠真の声は、涙でかすれていた。
抱きしめられながら、雪菜の脳裏には、遥斗の顔が浮かんだ。

遥斗が、自分の幸せを願い、身を引いてくれたからこそ、今、悠真とこうして抱き合うことができている。
遥斗への感謝と、そして、彼を傷つけてしまったことへの罪悪感。

その感情が、雪菜の胸を締め付けた。
真実が明かされ、悠真は償いを誓った。
二人の間には、一年半の空白期間があったが、その間に育まれたお互いへの想いは、決して消えることなく、むしろ深く、強くなっていたのだ。

しかし、この真実が、志穂にどのような影響を与えるのか。
そして、遥斗は…
二人の恋は、新たな、そして、より複雑な局面を迎えることになった。
彼らの未来は、まだ、不確かな光の中にあった。
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