秘めやかなる初恋 〜姉の許嫁に捧ぐ淡雪〜

第28章：和解の兆し

悠真との再会と、彼の真実の告白、そして償いの誓い。雪菜の心は、一年半の苦しみから解放され、悠真の腕の中で深い安らぎを見つけた。しかし、二人の関係は、まだ完全に解決されたわけではない。志穂への罪悪感、そして、遥斗の存在。彼らの心には、まだ乗り越えるべき壁が横たわっていた。

悠真は、雪菜を連れて、片桐家へと向かった。雪菜は、一年半ぶりの故郷の家を前に、胸が張り裂けそうだった。志穂に、何と謝罪すればいいのか。両親に、何と説明すればいいのか。
片桐家のリビングには、父と母、そして志穂が待っていた。彼らの表情は、一様に硬く、重い空気が流れていた。
「お父様、お母様、お姉様」

悠真は、雪菜の手をしっかりと握りしめ、ゆっくりと口を開いた。
「雪菜が、無事に戻ってきました」
志穂の顔が、一瞬で凍り付いた。彼女の瞳は、雪菜の姿を捉えると、驚きと、そして、以前のような冷たい怒りに満ちていった。

「雪菜…！なぜ、今さら…」
志穂の声は、震えていた。
「志穂、話を聞いてほしい」

悠真は、志穂に向かって、真っ直ぐに訴えかけた。
「一年半前、私は、君を深く傷つけ、裏切った。そのことについては、今も心から後悔し、謝罪している」
悠真は、深々と頭を下げた。

「雪菜さんも、君に深く謝罪したがっている。そして、私も…」
悠真は、雪菜に視線を向けた。

雪菜は、震える足で、志穂の元へと歩み寄った。
「お姉様…本当に、ごめんなさい…」
雪菜は、その場で膝をつき、深々と頭を下げた。涙が、彼女の頬を伝い落ちる。

「私…私のせいで、お姉様の幸せを壊してしまった。悠真さんとの婚約を台無しにしてしまった。本当に、本当に、ごめんなさい…」

雪菜の声は、嗚咽で途切れ途切れになった。
志穂は、雪菜の謝罪を、無表情で聞いていた。彼女の瞳には、まだ怒りが宿っていたが、その奥には、どこか寂しさのようなものも見て取れた。

「…今さら、何を言っても、無駄よ」
志穂の声は、冷たかった。
「私が、どれだけ傷ついたか、あなたたちには分からないでしょう」

その言葉に、悠真は再び口を開いた。
「志穂。君の痛みは、私も理解している。私が、君を深く傷つけた。その償いは、一生かけて行いたいと思っている」

悠真は、志穂の目を見つめ、真摯に語りかけた。
「だが、雪菜への想いは、偽りではないんだ。そして、雪菜もまた、私を愛してくれている。私たちは、この一年半、互いを失って、初めて、そのことに気づいたんだ」

志穂は、悠真の言葉に、何も反論できなかった。彼女は、目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
そして、ゆっくりと目を開けると、雪菜に向かって、静かに言った。

「…もう、私の前から消えないで」
その言葉は、冷たい響きの中に、妹を失ったことへの、深い寂しさが込められているようだった。
雪菜は、ハッとして顔を上げた。
「お姉様…」

「私を裏切ったこと、許すわけじゃない。でも…もう二度と、私を一人にしないで」
志穂の瞳から、一筋の涙が流れ落ちた。それは、雪菜への怒りだけではない、深い悲しみと、そして、妹を失いたくないという、姉としての本音だった。

雪菜は、志穂の言葉に、再び涙が溢れ出した。
「お姉様…ごめんなさい…ありがとう…」
雪菜は、立ち上がり、志穂の元へ駆け寄り、強く抱きしめた。

志穂もまた、最初は抵抗したが、やがて、雪菜の背中にそっと腕を回した。
二人の姉妹の間に、一年半の空白期間を経て、ようやく和解の兆しが見え始めた瞬間だった。
両親もまた、その光景を見て、安堵の表情を浮かべた。
悠真は、志穂と雪菜の和解を、静かに見守っていた。彼の瞳には、安堵と、そして、これからの償いへの、強い決意が宿っていた。

しかし、まだ全てが終わったわけではない。
悠真は、志穂と雪菜の間で、今後の関係性について、真剣に話し合わなければならないだろう。
そして、遥斗の存在も…
それでも、雪菜の心には、ようやく温かい光が差し込み始めていた。

淡雪色の初恋は、多くの傷を残したが、今、ゆっくりと、しかし確実に、新しい未来へと歩み出そうとしていた。