顔隠しの林
第三話
米田さんを見つけたと学校に連絡を入れたら、先生達はすぐに林までやって来た。
自宅待機を破ったことで怒られたけれど、米田さんの保護者の方には泣きながら丁寧にお礼を言われた。
ただ、みんな米田さんの口元の血を見て、ギョッとしていた。
幸い、彼女は無傷だった。
その血はどうしたの、どこで何をしていたのと聞かれても、米田さんは「フンッ」と鼻を鳴らし、「お腹空いたんだけど」なんて言っていた。
……それから二日経って、金曜日。
米田さんはしばらく欠席するらしい。
私達は放課後、世奈の部屋に集まった。
「この騒動って何だと思う?」
と、世奈と龍樹に聞いてみる。
「なんか、奇妙だよな」
龍樹は座椅子の背もたれに体を預けて、ため息混じりに言った。
「奇妙……、確かに」
と、世奈もお菓子に手を伸ばしつつ、私を見てこう続けた。
「ねぇ、あの落語が関係しているって、史花も思っているよね? 『顔隠しの林』ってレア放送で聴いたやつ」
「うん。だってなんか……」
バカみたいな発想が浮かんだけれど、それを言う勇気もなく、
「山崎くんが、本当に山崎くん本人なのか、私は疑っているんだ」
と、私は言葉を変えた。
「……なぁ、あの落語の続き、どうなんの?」
龍樹がふいに世奈に尋ねる。
「知らないよ。放送されたところまでしか知らないのは、私も一緒だよ」
「でもお前、なんか知っているふうだったじゃん」
「いやぁ、なんかタイトルだけ知ってる気がしたんだよ」
「えーっ、オレ、あの後どうなんのか知りたいんだけど」
残念そうにする龍樹に、
「放送部に借りに行く?」
と、私は提案した。
「えっ!?」
二人が揃って驚きの声を出した。
「あ、さすがにそこまでしない……? ごめん、ごめん」
と、慌てていると、
「名案キターーーッ!」
なんて世奈が立ち上がった。
「マジで、なんで思いつかなかったんだろう? そうじゃん、借りれば良いんだよね!!」
「史花、天才じゃね? まぁ、オレはお前の賢さは知ってたよ」
二人が私に拍手をして、少し照れてしまう。
「でも」と、私は咳払いする。
「やっぱり落語と関係している気はするけど、でもどうしてこの騒動が起きたのかとか、説明出来そうにないし」
「……うん。落語を聴いて、こんな騒動が起きましたぁって言っても、『どういうこと?』だよね」
世奈が言うと、龍樹も「まぁな」と返事した。
「……バカなことを言うけれど、山崎くんってさ、完全に『顔隠しの林』の子ども達だよね?」
と、再び口を開いた世奈が、私達を見る。
「!」
やっぱりそう思うんだ。
自分だけのバカな発想だと思っていたから、私は安心した。
「私も、そう思ってた」
と伝えると、世奈もホッとしている。
「そんなことがあるはずがないって思うけど、これ以外に考えらんなくて」
世奈の言葉に、同じ思いだという気持ちを込めて、ゆっくり頷いた。
そして月曜日になり、放課後。
放送部の部室のドアをノックすると、中から眼鏡をかけた男子がのそっと現れた。
彼は三年生の塩谷と名乗り、
「何か用事?」
と、なぜか龍樹だけを見た。
「この間のレア放送で流れた、落語のテープを貸してほしいんです」
龍樹の言葉に塩谷先輩は苦い顔になり、
「あのテープ、失くなったんだよ」
と、声をひそめた。
「えっ?」
「あの放送の後、どこを探してもテープがなくて……。僕が思うに、誰かが盗んだんだ」
「盗む?」
と、世奈が塩谷先輩に一歩近づく。
先輩は少し赤い顔をして一歩下がり、世奈を見ることもなく、
「だから貸したくても、貸せないんだよね」
と、相変わらず龍樹だけを見ている。
「どこにあるか、心当たりはないんですか?」
世奈はまた、先輩に一歩近づく。
先輩は更に顔を赤らめて、一歩下がる。
そして相変わらず龍樹だけを見て、こう答えた。
「心当たりはないよ。古いテープだったけど、僕も続きが気になってるんだ」
「事前に聴いてないんですか? 放送部なのに?」
「今回は僕達部員もあの放送で初めて聴いたから。カセットテープを見つけた時、ケースに作品名と作者名も書かれていて、みんなどんな内容なのか楽しみにしてたんだ」
「作者名まで書いてあったんですか? 覚えていますか?」
と、私が尋ねると、先輩は私を見ずに龍樹を見てこう言った。
「確か……さ……? なんとかかんとか……、誠一って書いてあった」
「えっ……」
と、世奈が塩谷先輩を見つめる。
「ご、ごめん、ちょっとあんまり見ないで。僕、女の子に緊張するから……」
と、顔を真っ赤にする塩谷先輩を無視して、世奈が先輩の腕をガシッと掴んだ。
「ひゃっ! ちょ、掴まないで」
「誠一?」
と、世奈が言う。
「……沢田 誠一?」
その名前に、私と龍樹は顔を見合わせた。
塩谷先輩は耳まで赤くしながら、
「そう、その名前だった!! でも、なんでわかるんだ?」
と、龍樹に尋ねる。
「沢田 誠一は、世奈の親父さんだからですよ」
「えっ、お父さん?」
「沢田 誠一は私のお父さんで……、十年前に亡くなりました……」
テープをなるべく部室でも探しておくと、塩谷先輩は約束してくれた。
私達はそのまま下校をすることにしたけれど、頭の中は混乱していた。
「どういうこと? お父さんがあの落語の作者?」
「他の沢田 誠一かも」
と、龍樹が言う。
「その可能性も確かにあるけど……、でも……、うーん?」
「世奈の家に行こうよ」
と、悩む世奈に提案する私。
「たろじぃが何か知っているかも」
世奈の家に着き、玄関で世奈のおじいちゃんの沢田 永太郎さんに迎えられた。
私と龍樹は「たろじぃ」と呼んでいる。
奥さんと死別し、六十九歳だけど定年後にまた仕事に就き、仕事と家事の両立に励んでいる。
「おかえり、世奈。三人とも手を洗っておいで。今日は仕事帰りに駅前の和菓子屋で、おやつにおまんじゅうを買ったから」
「おじいちゃん、ちょっと聞きたいことがあるから、おやつの時に一緒にいてくれる?」
「ん? あぁ、わかったよ」
私達は洗面所で手洗いうがいをして、三人でリビングのテーブルについた。
古い日本家屋の一軒家だけど、数年前にリフォームをしていて、全体的に明るい空間。
たろじぃが少し大きめの、黒糖を使ったおまんじゅうを持って来てくれた。
お盆には人数分の湯呑みがあり、緑茶の緑色が目に優しく、美しかった。
「……『顔隠しの林』っていう落語はお父さんが作ったの? 何か知ってる?」
と、世奈が切り出す。
「あぁ、誠一が作った落語だな。知ってるよ」
「えっ、知っているんですか?」
私の質問にたろじぃは、
「確か台本っていうのかな? あいつの部屋にあると思うよ。探してごらん」
と、言った。
「だ、台本……? ってことは、あの落語の続きがわかるってこと?」
龍樹に頷いた私は、
「世奈、見に行ける?」
と、世奈に視線を移すと、世奈も静かに頷いた。
世奈のお父さんの部屋は、二階の世奈の部屋の隣にある。
この部屋だけは改装していないらしい。
ドアを開けると、想像と違って掃除の行き届いた明るい部屋で驚いた。
「おじいちゃんが休みの日に、いつも掃除をしてくれているんだ」
と、世奈。
「お母さんの物も多分、少しはあると思うけど……、ほとんどお父さんの物だと思うから、とりあえず台本を探して」
「オレらが触らないほうがいい場所とかある?」
「うーん、特にないよ。あ、でも洋服とかもそのままだから、箪笥はオススメしない。下着とかまだ少し残ってるかもだし」
「わかった。じゃあ、オレは押入れの中の段ボールを見てもいい?」
世奈が頷き、
「史花は机の周りを探して。私は本棚を見ていく」
と、指示してくれた。
キレイに片付いている机だった。
スタンドライトのそばにある写真立てには、若いカップルの写真。
これが世奈の両親なんだろうなと、思った。
私達は、世奈の両親を覚えていない……、というか、知らない。
世奈のお父さんは私達が四歳の時に亡くなったし、お母さんは世奈を産んですぐに持病が悪化して亡くなっている。
「史花、遠慮しないで探してね。引き出しとかも開けていいから」
「うん」
一番上の段の引き出しを開ける。
カセットテープが山ほど入っていた。
ケースには曲名が書いてあったり、落語家の名前と演目が書いてあったりする。
「落語が好きな人だったんだね」
「そうみたい。寄席ってわかる? 直接落語家から落語を聞ける機会のこと。まぁ、音楽でいうライブコンサートみたいな感じかな。その寄席にもよく行っていた人だったみたい」
「へぇ、そうなんだ」
世奈はお父さんの思い出を、人から聞いた形でしか話さない。
そのことが切なく思えた。
お父さんとの思い出を覚えていられないくらい幼い頃に、死別しているんだって実感するから。
「……なぁ、これ、怪しくない?」
と、龍樹。
段ボールの中に、油性のペンで『落語』と書いてあるノートの束が出て来た。
「それかも!」
と、私達は龍樹のもとへ行き、ノートの束をバラした。
ノートの表紙に、『創作落語』とか、『自作』とか書いてある物を見つけ、ページをめくってみるものの、『顔隠しの林』は見つけられない。
「ないのかな……?」
と呟いた時、ある文字に目が止まった。
『貴子へ』
そう書かれたノートを手に取る。
「世奈のお母さんって、貴子さん?」
「ううん。違う。奈帆って名前。……貴子って誰だ? 父親の元カノの名前とか、知りたくないんですけど」
「ノートの中、見てもいい?」
世奈が頷き、私はページを開く。
すると、二つ折りにしてある紙が挟んであった。
その紙は、このノートとは別のノートを一枚破っているらしい。
紙の端がギザギザに破れていた。
「手紙……?」
「世奈のお父さん宛て?」
世奈に手渡すと、彼女はその二つ折りの紙を開いて声に出して読み上げた。
「『誠一くんへ
『顔隠しの林』は、呪われています。
私が朗読した台本も、あの録音テープも、絶対に処分してください。
私の先祖の事件は、きっと紐解いてはいけない闇だったんだと思います。
誠一くんに事件のことを話して後悔しているし、誠一くんが書いた『顔隠しの林』は、やっぱり私は許せない。
私達は呪われています。
お願いだから、処分してね。
そうでないと、私達の他にも呪われてしまう人が現れるかもしれません。
1999年 8月11日 貴子より』」
「……呪われている?」
と、龍樹。
「ねぇ、この貴子さんって……、あの放送で聴いたテープで朗読していた人ってこと?」
私の発した言葉に世奈も龍樹も動きを止めて、こちらを見た。
「そうかも。『私が朗読した台本』って書いてある……」
「じゃあ、この貴子さんを探せばいいんじゃね? 続きを知っているだろうし、何ならこの騒動の原因もわかるんじゃね?」
世奈と龍樹が二人で「うん、うん」と声に出して頷き合っている時、私は持ったままのノートのページに視線を落とし、ある文章を見つけた。
『1999年8月12日、貴子が死んだ。次はオレの番か?』
「ねぇ、これ見て」
と、二人に見せる。
「何これ……、この日付って、この手紙を書いた翌日じゃん」
龍樹の顔が青冷める。
世奈は、
「急に亡くなったってことは、病気……とかじゃないの、かも?」
と、ゆっくり呟いた。
「呪いのせい……ってこと?」
私の声が少し震えてしまった。
「史花、そのノートを貸して」
と、世奈が私の持っていたノートを手に取る。
パラパラとページをめくる世奈に、龍樹が心配そうにしている。
「大丈夫なのかよ、呪われているって言われてんのに」
「大丈夫じゃないし、もう遅いよ」
世奈の言葉に、
「どういうこと?」
と、尋ねると、
「私達もう、あのレア放送で『顔隠しの林』を聴いてるじゃん。途中までだけど……、騒動だって起きている。既に呪われてるよ」
なんて、世奈は投げやりに言った。
「オレら、呪われてんのか……」
「史花と龍樹はここで手を引いてもいいよ。こんなことに巻き込むつもりなんてない」
「何言ってんだよ、オレ達が世奈だけに呪いを押し付けたりなんかしないって」
「……そうだよ、世奈ひとりが背負うことじゃない。三人で、騒動を終わらせようよ」
「ありがとう」と世奈は言い、ノートに視線を落とした。
「……あった。これが『顔隠しの林』の台本」
私達は顔を見合わせて、放送で聴いた部分を指でなぞった。
「与太郎がお面を外して帰って、女が悲鳴をあげて……、子ども達が与太郎に飛びついて自分達のお面を外して……」
世奈が思い出すように呟き、
「与太郎の顔を、子ども達が食べたんだよな?」
と、龍樹が後を引き取るように言った。
「ここからだ」
世奈は『顔隠しの林』の続きを読み上げる。
『……顔がなくなり、動かなくなった与太郎の代わりに子ども達は皆、与太郎の顔を持ち、与太郎のようにふるまう。顔を奪われ死んでしまった与太郎の亡骸を、女はよいしょよいしょと林へ運び、ある墓の前までやって来た』
『ーー与太郎さん、狭くて申し訳ないけれど、ここで我慢しておくれ。この墓には前に一緒だった男が入っている。与太郎さん、あんたをここに埋める間、私の話を聞いておくれ』
『女は墓のそばの土を掘りながら、与太郎の亡骸に語りかける』
そこまで読んだ時。
一階にいるたろじぃが、大声でこう言った。
「世奈! 見つかったらしいぞ!」
「えっ? 何、おじいちゃん」
と、世奈が一階へ下りて行くので、私達もそれに続いた。
たろじいは固定電話の前で、こう言った。
「いなくなっていた、間渕くん! 生きて見つかったって連絡があったぞ!」
「本当に!?」
ホッと安心した私達がまた、新たな謎に包まれることになるとは、この時は思いもしなかった。
自宅待機を破ったことで怒られたけれど、米田さんの保護者の方には泣きながら丁寧にお礼を言われた。
ただ、みんな米田さんの口元の血を見て、ギョッとしていた。
幸い、彼女は無傷だった。
その血はどうしたの、どこで何をしていたのと聞かれても、米田さんは「フンッ」と鼻を鳴らし、「お腹空いたんだけど」なんて言っていた。
……それから二日経って、金曜日。
米田さんはしばらく欠席するらしい。
私達は放課後、世奈の部屋に集まった。
「この騒動って何だと思う?」
と、世奈と龍樹に聞いてみる。
「なんか、奇妙だよな」
龍樹は座椅子の背もたれに体を預けて、ため息混じりに言った。
「奇妙……、確かに」
と、世奈もお菓子に手を伸ばしつつ、私を見てこう続けた。
「ねぇ、あの落語が関係しているって、史花も思っているよね? 『顔隠しの林』ってレア放送で聴いたやつ」
「うん。だってなんか……」
バカみたいな発想が浮かんだけれど、それを言う勇気もなく、
「山崎くんが、本当に山崎くん本人なのか、私は疑っているんだ」
と、私は言葉を変えた。
「……なぁ、あの落語の続き、どうなんの?」
龍樹がふいに世奈に尋ねる。
「知らないよ。放送されたところまでしか知らないのは、私も一緒だよ」
「でもお前、なんか知っているふうだったじゃん」
「いやぁ、なんかタイトルだけ知ってる気がしたんだよ」
「えーっ、オレ、あの後どうなんのか知りたいんだけど」
残念そうにする龍樹に、
「放送部に借りに行く?」
と、私は提案した。
「えっ!?」
二人が揃って驚きの声を出した。
「あ、さすがにそこまでしない……? ごめん、ごめん」
と、慌てていると、
「名案キターーーッ!」
なんて世奈が立ち上がった。
「マジで、なんで思いつかなかったんだろう? そうじゃん、借りれば良いんだよね!!」
「史花、天才じゃね? まぁ、オレはお前の賢さは知ってたよ」
二人が私に拍手をして、少し照れてしまう。
「でも」と、私は咳払いする。
「やっぱり落語と関係している気はするけど、でもどうしてこの騒動が起きたのかとか、説明出来そうにないし」
「……うん。落語を聴いて、こんな騒動が起きましたぁって言っても、『どういうこと?』だよね」
世奈が言うと、龍樹も「まぁな」と返事した。
「……バカなことを言うけれど、山崎くんってさ、完全に『顔隠しの林』の子ども達だよね?」
と、再び口を開いた世奈が、私達を見る。
「!」
やっぱりそう思うんだ。
自分だけのバカな発想だと思っていたから、私は安心した。
「私も、そう思ってた」
と伝えると、世奈もホッとしている。
「そんなことがあるはずがないって思うけど、これ以外に考えらんなくて」
世奈の言葉に、同じ思いだという気持ちを込めて、ゆっくり頷いた。
そして月曜日になり、放課後。
放送部の部室のドアをノックすると、中から眼鏡をかけた男子がのそっと現れた。
彼は三年生の塩谷と名乗り、
「何か用事?」
と、なぜか龍樹だけを見た。
「この間のレア放送で流れた、落語のテープを貸してほしいんです」
龍樹の言葉に塩谷先輩は苦い顔になり、
「あのテープ、失くなったんだよ」
と、声をひそめた。
「えっ?」
「あの放送の後、どこを探してもテープがなくて……。僕が思うに、誰かが盗んだんだ」
「盗む?」
と、世奈が塩谷先輩に一歩近づく。
先輩は少し赤い顔をして一歩下がり、世奈を見ることもなく、
「だから貸したくても、貸せないんだよね」
と、相変わらず龍樹だけを見ている。
「どこにあるか、心当たりはないんですか?」
世奈はまた、先輩に一歩近づく。
先輩は更に顔を赤らめて、一歩下がる。
そして相変わらず龍樹だけを見て、こう答えた。
「心当たりはないよ。古いテープだったけど、僕も続きが気になってるんだ」
「事前に聴いてないんですか? 放送部なのに?」
「今回は僕達部員もあの放送で初めて聴いたから。カセットテープを見つけた時、ケースに作品名と作者名も書かれていて、みんなどんな内容なのか楽しみにしてたんだ」
「作者名まで書いてあったんですか? 覚えていますか?」
と、私が尋ねると、先輩は私を見ずに龍樹を見てこう言った。
「確か……さ……? なんとかかんとか……、誠一って書いてあった」
「えっ……」
と、世奈が塩谷先輩を見つめる。
「ご、ごめん、ちょっとあんまり見ないで。僕、女の子に緊張するから……」
と、顔を真っ赤にする塩谷先輩を無視して、世奈が先輩の腕をガシッと掴んだ。
「ひゃっ! ちょ、掴まないで」
「誠一?」
と、世奈が言う。
「……沢田 誠一?」
その名前に、私と龍樹は顔を見合わせた。
塩谷先輩は耳まで赤くしながら、
「そう、その名前だった!! でも、なんでわかるんだ?」
と、龍樹に尋ねる。
「沢田 誠一は、世奈の親父さんだからですよ」
「えっ、お父さん?」
「沢田 誠一は私のお父さんで……、十年前に亡くなりました……」
テープをなるべく部室でも探しておくと、塩谷先輩は約束してくれた。
私達はそのまま下校をすることにしたけれど、頭の中は混乱していた。
「どういうこと? お父さんがあの落語の作者?」
「他の沢田 誠一かも」
と、龍樹が言う。
「その可能性も確かにあるけど……、でも……、うーん?」
「世奈の家に行こうよ」
と、悩む世奈に提案する私。
「たろじぃが何か知っているかも」
世奈の家に着き、玄関で世奈のおじいちゃんの沢田 永太郎さんに迎えられた。
私と龍樹は「たろじぃ」と呼んでいる。
奥さんと死別し、六十九歳だけど定年後にまた仕事に就き、仕事と家事の両立に励んでいる。
「おかえり、世奈。三人とも手を洗っておいで。今日は仕事帰りに駅前の和菓子屋で、おやつにおまんじゅうを買ったから」
「おじいちゃん、ちょっと聞きたいことがあるから、おやつの時に一緒にいてくれる?」
「ん? あぁ、わかったよ」
私達は洗面所で手洗いうがいをして、三人でリビングのテーブルについた。
古い日本家屋の一軒家だけど、数年前にリフォームをしていて、全体的に明るい空間。
たろじぃが少し大きめの、黒糖を使ったおまんじゅうを持って来てくれた。
お盆には人数分の湯呑みがあり、緑茶の緑色が目に優しく、美しかった。
「……『顔隠しの林』っていう落語はお父さんが作ったの? 何か知ってる?」
と、世奈が切り出す。
「あぁ、誠一が作った落語だな。知ってるよ」
「えっ、知っているんですか?」
私の質問にたろじぃは、
「確か台本っていうのかな? あいつの部屋にあると思うよ。探してごらん」
と、言った。
「だ、台本……? ってことは、あの落語の続きがわかるってこと?」
龍樹に頷いた私は、
「世奈、見に行ける?」
と、世奈に視線を移すと、世奈も静かに頷いた。
世奈のお父さんの部屋は、二階の世奈の部屋の隣にある。
この部屋だけは改装していないらしい。
ドアを開けると、想像と違って掃除の行き届いた明るい部屋で驚いた。
「おじいちゃんが休みの日に、いつも掃除をしてくれているんだ」
と、世奈。
「お母さんの物も多分、少しはあると思うけど……、ほとんどお父さんの物だと思うから、とりあえず台本を探して」
「オレらが触らないほうがいい場所とかある?」
「うーん、特にないよ。あ、でも洋服とかもそのままだから、箪笥はオススメしない。下着とかまだ少し残ってるかもだし」
「わかった。じゃあ、オレは押入れの中の段ボールを見てもいい?」
世奈が頷き、
「史花は机の周りを探して。私は本棚を見ていく」
と、指示してくれた。
キレイに片付いている机だった。
スタンドライトのそばにある写真立てには、若いカップルの写真。
これが世奈の両親なんだろうなと、思った。
私達は、世奈の両親を覚えていない……、というか、知らない。
世奈のお父さんは私達が四歳の時に亡くなったし、お母さんは世奈を産んですぐに持病が悪化して亡くなっている。
「史花、遠慮しないで探してね。引き出しとかも開けていいから」
「うん」
一番上の段の引き出しを開ける。
カセットテープが山ほど入っていた。
ケースには曲名が書いてあったり、落語家の名前と演目が書いてあったりする。
「落語が好きな人だったんだね」
「そうみたい。寄席ってわかる? 直接落語家から落語を聞ける機会のこと。まぁ、音楽でいうライブコンサートみたいな感じかな。その寄席にもよく行っていた人だったみたい」
「へぇ、そうなんだ」
世奈はお父さんの思い出を、人から聞いた形でしか話さない。
そのことが切なく思えた。
お父さんとの思い出を覚えていられないくらい幼い頃に、死別しているんだって実感するから。
「……なぁ、これ、怪しくない?」
と、龍樹。
段ボールの中に、油性のペンで『落語』と書いてあるノートの束が出て来た。
「それかも!」
と、私達は龍樹のもとへ行き、ノートの束をバラした。
ノートの表紙に、『創作落語』とか、『自作』とか書いてある物を見つけ、ページをめくってみるものの、『顔隠しの林』は見つけられない。
「ないのかな……?」
と呟いた時、ある文字に目が止まった。
『貴子へ』
そう書かれたノートを手に取る。
「世奈のお母さんって、貴子さん?」
「ううん。違う。奈帆って名前。……貴子って誰だ? 父親の元カノの名前とか、知りたくないんですけど」
「ノートの中、見てもいい?」
世奈が頷き、私はページを開く。
すると、二つ折りにしてある紙が挟んであった。
その紙は、このノートとは別のノートを一枚破っているらしい。
紙の端がギザギザに破れていた。
「手紙……?」
「世奈のお父さん宛て?」
世奈に手渡すと、彼女はその二つ折りの紙を開いて声に出して読み上げた。
「『誠一くんへ
『顔隠しの林』は、呪われています。
私が朗読した台本も、あの録音テープも、絶対に処分してください。
私の先祖の事件は、きっと紐解いてはいけない闇だったんだと思います。
誠一くんに事件のことを話して後悔しているし、誠一くんが書いた『顔隠しの林』は、やっぱり私は許せない。
私達は呪われています。
お願いだから、処分してね。
そうでないと、私達の他にも呪われてしまう人が現れるかもしれません。
1999年 8月11日 貴子より』」
「……呪われている?」
と、龍樹。
「ねぇ、この貴子さんって……、あの放送で聴いたテープで朗読していた人ってこと?」
私の発した言葉に世奈も龍樹も動きを止めて、こちらを見た。
「そうかも。『私が朗読した台本』って書いてある……」
「じゃあ、この貴子さんを探せばいいんじゃね? 続きを知っているだろうし、何ならこの騒動の原因もわかるんじゃね?」
世奈と龍樹が二人で「うん、うん」と声に出して頷き合っている時、私は持ったままのノートのページに視線を落とし、ある文章を見つけた。
『1999年8月12日、貴子が死んだ。次はオレの番か?』
「ねぇ、これ見て」
と、二人に見せる。
「何これ……、この日付って、この手紙を書いた翌日じゃん」
龍樹の顔が青冷める。
世奈は、
「急に亡くなったってことは、病気……とかじゃないの、かも?」
と、ゆっくり呟いた。
「呪いのせい……ってこと?」
私の声が少し震えてしまった。
「史花、そのノートを貸して」
と、世奈が私の持っていたノートを手に取る。
パラパラとページをめくる世奈に、龍樹が心配そうにしている。
「大丈夫なのかよ、呪われているって言われてんのに」
「大丈夫じゃないし、もう遅いよ」
世奈の言葉に、
「どういうこと?」
と、尋ねると、
「私達もう、あのレア放送で『顔隠しの林』を聴いてるじゃん。途中までだけど……、騒動だって起きている。既に呪われてるよ」
なんて、世奈は投げやりに言った。
「オレら、呪われてんのか……」
「史花と龍樹はここで手を引いてもいいよ。こんなことに巻き込むつもりなんてない」
「何言ってんだよ、オレ達が世奈だけに呪いを押し付けたりなんかしないって」
「……そうだよ、世奈ひとりが背負うことじゃない。三人で、騒動を終わらせようよ」
「ありがとう」と世奈は言い、ノートに視線を落とした。
「……あった。これが『顔隠しの林』の台本」
私達は顔を見合わせて、放送で聴いた部分を指でなぞった。
「与太郎がお面を外して帰って、女が悲鳴をあげて……、子ども達が与太郎に飛びついて自分達のお面を外して……」
世奈が思い出すように呟き、
「与太郎の顔を、子ども達が食べたんだよな?」
と、龍樹が後を引き取るように言った。
「ここからだ」
世奈は『顔隠しの林』の続きを読み上げる。
『……顔がなくなり、動かなくなった与太郎の代わりに子ども達は皆、与太郎の顔を持ち、与太郎のようにふるまう。顔を奪われ死んでしまった与太郎の亡骸を、女はよいしょよいしょと林へ運び、ある墓の前までやって来た』
『ーー与太郎さん、狭くて申し訳ないけれど、ここで我慢しておくれ。この墓には前に一緒だった男が入っている。与太郎さん、あんたをここに埋める間、私の話を聞いておくれ』
『女は墓のそばの土を掘りながら、与太郎の亡骸に語りかける』
そこまで読んだ時。
一階にいるたろじぃが、大声でこう言った。
「世奈! 見つかったらしいぞ!」
「えっ? 何、おじいちゃん」
と、世奈が一階へ下りて行くので、私達もそれに続いた。
たろじいは固定電話の前で、こう言った。
「いなくなっていた、間渕くん! 生きて見つかったって連絡があったぞ!」
「本当に!?」
ホッと安心した私達がまた、新たな謎に包まれることになるとは、この時は思いもしなかった。