顔隠しの林

第四話

翌日登校すると、学校中が噂でもちきりだった。



「顔中いっぱい、血が飛んでたんだって」

「えっ? どういうこと? 返り血ってこと?」

「わっかんないよ。でも、なんかずっと怒っているらしいよ」



(怒っている?)



聞こえてくる噂話に耳を傾けながら教室へ向かうと、クラスメイトが何組かのグループに分かれて、やはり噂話をしていた。



「ねぇ、史花ちゃんと世奈ちゃん。間渕くんのこと、聞いた?」

「間渕くんのことって……?」

「ずっと怒っていて、自分のお父さんを殴りつけたって」

「えっ!?」



驚くよねぇと、そのクラスメイトは言って、
「その上、失踪していた時のことは絶対に話さないらしいよ」
と、声をひそめた。



「間渕くんって怒りっぽかったけど、決して暴力をふるったりなんかしなかったのにね」



「そうだね」と私も同意したところで、大久保先生が教室に入って来た。



「席に着いて」
と、先生は言い、私も学級委員長らしく、
「着席」
と、声を張った。



「間渕くんが無事に帰って来ました。精神的にショックもあるでしょうから、数日間は欠席をするそうです」



大久保先生の視線が、米田さんの席に移る。



(米田さんもずっと欠席しているもんね)



その時山崎くんが、
「あはっ、あはははっ」
と、なぜか笑い出した。



「どうしましたか?」



先生の質問に山崎くんは突然笑顔を引っ込め、真顔になった。

その様子にゾッとしたのは、きっと私だけじゃなさそうだった。



昼休み。

給食を食べた後、私は世奈と龍樹と一緒に教室を出て校舎の階段を上り、屋上に続く階段の踊り場までやって来た。

予想通り、誰もいない。



「持って来たよ、お父さんのノート」
と、世奈が胸の位置にノートを持ち上げ、私達に見せる。



「……ねぇ、気になっていたんだけど」



私は二人を順番に見る。



「貴子さんの手紙の内容のこと、二人は引っかからなかった?」

「どういうことだよ?」

「貴子さんの先祖の事件のこと。それが紐解いてはいけない闇だとか」

「確かに。お父さんに話したことを後悔しているとか書いてあった」

「『顔隠しの林』が許せないとかな。貴子さんの先祖の事件って、何だろうな?」



私は世奈の持っているノートに視線を落とす。



「貴子さんの先祖の事件ってさ、この落語となんか関係しているのかな?」



世奈と龍樹ののどがゴクッと動いた。



「その事件って、調べられると思う?」



龍樹が俯き、制服のポケットからスマートフォンを取り出した。



「検索したら出てくる?」
と、世奈。



「やってみようぜ」



龍樹は検索画面に『貴子 先祖 事件』と打つ。



「……やっぱりダメだ。関係なさそうな記事しか出てこない」

「貴子さんの名字とかわからないかなぁ?」



しばらくみんなで考えて、私はあることを思いついた。



「名字……。ねぇ、貴子さんが亡くなった日付、わかっているよね? 確か1999年8月12日……。亡くなった原因が事件とか事故なら、新聞記事とかで残っているかも。それでわかるんじゃない?」

「あっ、そっか!」
と、龍樹が検索画面に『1999年8月12日 貴子 死亡』と打ち込み、
「町名、事件、事故も入れてみて」
と、世奈が画面を覗く。


『1999年8月12日 貴子 死亡 林原之 事件 事故』で再び検索をかけてみる。



「……ヒット数が結構あるけど、多分当たりの記事じゃない?」
と、龍樹が私達にも検索結果が見えるように、スマートフォンの画面を傾けた。



ヒットしたトップ記事を龍樹がタップして開く。



『1999年8月12日 林原之町の畑 卓(はたけ すぐる)さんの長女で15歳の貴子さんが、同町にある林で死亡しているのが見つかった。警察は事件の可能性があるとして捜査をしていて……』



「これ、貴子さんのことだ。畑って名字なんだな」

「事件の可能性ってことは、やっぱり病死じゃない」



そう言って世奈は、ブルッと身震いをする。



「龍樹、『畑 事件 林原之』でもう一度検索をかけてみて」



私の言葉に龍樹は頷き、スマートフォンに指を走らせる。



「……見て。これ、貴子さんの先祖の事件の記事かも。投稿者は匿名になっていて、誰かは不明だけど……」



龍樹がある記事をタップした。



『あなたは知っている?
林原之町にある恐ろしい林を。

その林には畑 太助(はたけ たすけ)が眠っている。
……そう、妻のタツ子を残忍な方法で殺害した罪人の、畑 太助。

決して【アレ】に見つからないで。

顔を隠して。
林へ行こう。

あの、《顔隠しの林》に……』



「妻を殺したっていうのが、貴子さんの言う先祖の事件なんだね。それにしても顔隠しの林って……。お父さんの落語のタイトルと同じだ」

「中学の裏の雑木林のことかな? 正式名称じゃないだろうけど、世奈のお父さんはそれを知っていたのか?」

「わからないけど、でもあの雑木林のことなんじゃない? この町に林って、あそこしかないもん」



「ねぇ、ここ見て」
と、私は二人にスマートフォンの、ある箇所を指差す。



『その林には、畑 太助が眠っている』



「米田さんを見つけた場所、あそこにはお墓があった」

「……あれが畑 太助のお墓ってことか。なんか今更だけど気味悪いな」

「世奈、そのノートを見せて」



私はノートを受け取って開くと、『顔隠しの林』の台本のある部分を声に出して読んだ。



「『この墓には前に一緒だった男が入っている』……。これって、畑 太助のことだったりするのかな」

「えっ?」

「貴子さんは世奈のお父さんに先祖の事件を話した。それに『顔隠しの林』を許せないって」

「うん」

「もしも、この落語が実際にあった貴子さんの先祖の事件を書いたものだったら?」



私の言葉に二人は黙った。



静かな時間が流れ、世奈が「でも」と、口を開く。



「でもさ、違うんじゃない? だって畑 太助は妻を殺害しちゃう事件を起こして、この落語は与太郎が子ども達に顔を食べられた話だよ? 結びつかないよ」

「落語の中で女の旦那って与太郎のことだし、『前に一緒だった男』が妻殺しの畑 太助なら、その妻である女が生きていることもおかしいよ」
と、龍樹も反論する。



納得いく筋道が立てられず、モヤモヤしたものが胸にいっぱい広がる。

だけど現実に、私達が見つけた山崎くんの死体には顔がなかった。

まるで食べられたかのように。

貴子さんも世奈のお父さんも、呪いのせいか、既に亡くなっている。

雑木林にはお墓があるし……。



いろんなことが『顔隠しの林』に繋がる気がしてならない。



「落語の続き、読んでみようぜ」
と、龍樹が言った。



「そうじゃないと、わかんないじゃん。まだオレ達は知らないことばっかりで、謎だらけの中にいるんだから」



私はノートに視線を落とし、読み上げた。



『……女は墓のそばの土を掘りながら、与太郎の亡骸に語りかける』

『自分で言うのもおかしな話だけど、私は美人で評判の娘だった。ある時、ある男に出会って夫婦になり、子ども達を授かったのさ。その男はずいぶん嫉妬深くてね。他の男と目が合った私に怒り、二度とそんなことが起きないようにと、私の顔を削いでしまった……』



「えっ、ひどい!」
と、世奈。



「畑 太助も妻を残忍な方法で殺したってあったけど、まさか落語と同じ方法で……?」

「続きを読むよ」
と、私はまた読み上げる。



『……その男っていうのが、この墓に眠る男さ。私は妖怪となり、この世にとどまっていたけれど、あろうことか、男は子ども達を林に捨ててしまった。子ども達は林の獣に食べられて死んだよ。許せなくてねぇ、呪い殺してやろうと思った矢先、男は病気になってあっさり死んじまった』

『女は掘った墓穴に与太郎の亡骸を入れ、土を被せていく』

『だからね、与太郎さん。あんたと夫婦になって、あの子達の魂をお腹に呼び寄せて、もういっぺんこの世へ産み落とすことにしたのさ。妖怪でもかまいやしない。あの子達は私の大事な子ども達なのさ』

『新しい土の盛り上がりに手を合わせる女は』

『これからはあの子達が与太郎さん、あんたになるんだ。あんたに恨みはこれっぽっちもないけれど、お面を取ったあんたが悪いんだ。これからはここで、あの子達を見守っておくれ』

『と言い、すっかり暗くなった林で空を仰いだ』



「女は元の旦那に顔を削がれていて、妖怪になっている……。つまり、殺されている。 史花の言うように、貴子さんの先祖が妻を殺したってことと、やっぱりなんだか重なるよね? うぅー、怖っ!」
と、世奈は言う。



それから、
「ねぇ」
と、私と龍樹を交互に見た。


「与太郎の顔を食べた子どもたちが、与太郎になるの?」

「……そういうふうに、受け取れるよな?」



「それってさ……、山崎くんに当てはまる?」



「!!」



世奈の遠慮がちな言葉に、私は突然寒さを感じた。



「山崎くん、明らかに別人じゃない? 山崎くんの顔を、その、……食べた……、『顔隠しの林』の子ども達が、山崎くんになりすましているって考えちゃうんだよね」

「子ども達は、創作の中の登場人物なんだぞ」

「だとしても、そう考えたら()に落ちるじゃん」

「でも……、あり得ないって」



再び沈黙がおりて、私がそれを破った。



「現実で起きた、貴子さんの先祖の事件を元にしてあの落語が出来たなら、登場人物にモデルはいるはずだよね?」

「えっ?」
と、二人とも私を見る。



「そのモデルになった人は、昔の人だから、今は他界しているはず。現実的じゃないけど、その亡霊の仕業ってことは考えられない?」

「……まさかっ」
と、龍樹の声がかすれる。



「龍樹も私と一緒に見たじゃん、山崎くんの死体。あんなこと、人の仕業じゃないよ。亡霊というか、悪霊のせいだよ。それで山崎くんの顔を奪って、本人になりすましているんだよ」



「……私、気づいたことがあるんだ」
と、世奈が遠慮しつつ、少し震えた声で話した。



「山崎くんって、身長が変わってない?」



「えっ?」

「山崎くんが失踪する前ってね、私より身長が高かったはずなの。おんなじくらいの身長だけど、彼のほうが確実に少し高かったんだ。視線を合わすと少しだけ見上げるくらい」



龍樹のこめかみから、汗が流れたのが見えた。



「でも今、彼の目を見る時、視線が少しだけ下がるの……」



その時、昼休み終了を知らせるチャイム代わりのメロディが聴こえた。

午後の授業が始まるまで、もうあまり時間がない。

私達は重い足取りで、山崎くんのいる教室へ向かった。



夜。

自宅リビングで弟がプレイしているテレビゲームをぼんやり眺めていると、スマートフォンが鳴った。

世奈と龍樹と話す、グループメッセージの着信音で、世奈からのメッセージだった。



〈畑 貴子さんのこと、少し調べてみた〉



龍樹がそれに反応して、〈何かわかった?〉と返している。

私も小首を傾げるウサギのスタンプを押した。



〈貴子さんの事件で町の人の話を、お父さんがノートに色々書いていたみたい。それはあくまで噂話だけど、多分嘘じゃない〉

〈どんな内容?〉
と、龍樹。



世奈は、
〈死因は腹部の刺し傷で、他にも顔をめった刺しだって。犯人は捕まっていなくて、未解決事件。貴子さんは、殺されたんだよ〉
と、返事をしてからすぐ、こう送ってきた。



〈顔をめった刺しって……、『顔隠しの林』と関係がありそうだよ、この事件〉



〈でも、犯人は? まさかそれも『顔隠しの林』の子ども達とか言う?〉

〈龍樹の言いたいことはわかるけど、そうとしか考えられないじゃん〉

〈確かに、そうだけど……〉



〈ねぇ、気になっていることがあるの〉
と、私がメッセージを送る。



〈昼休みに検索した画面にあったでしょう? 貴子さんの先祖の事件を調べた時の記事に、『決して【アレ】に見つからないで』って言葉〉

〈うん、あったよ。なんか薄気味悪いって思ったから覚えている〉

〈オレも覚えている〉

〈【アレ】って何? 『顔を隠してあの林へ行こう』って続くけれど、見つかってはいけない【アレ】が林にはいるってこと? なんだか変じゃない?〉

〈話が脱線していないか?〉
と、龍樹からは、頭から竜巻のようなグルグルしたものを出している犬のスタンプ付きで、メッセージが送られてきた。



〈……殺されたんだと思ったの。貴子さんは、【アレ】に見つかったのかもしれない。【アレ】に殺されたんだよ〉



〈その【アレ】が、史花の言う亡霊ってこと? 『顔隠しの林』の子ども達のモデルになった人ってこと?〉

〈そうだよ、世奈。きっとそうだと思う〉



〈ちょっと待てよ〉
と、龍樹。



〈オレ達だって、あの台本を読んでるぞ。ってことは、オレ達のところにだって【アレ】が来るんじゃないのか?〉



ハッとした。



……そうだ。

私達は『顔隠しの林』を放送で途中まで聴いた上に、台本を探し当てて読んでいる。

しかも世奈と私は、貴子さんと同じように台本を声に出して読み上げてもいる。



〈世奈、何か変わったことがあった?〉



心配になって、聞いてみた。



〈ないよ。学校の中では違和感があるけれど、家の中は日常だよ。史花は? 龍樹は?〉

〈オレも変わらない〉

〈私も。でも私達は危ないかもしれない。あまりひとりにならないで〉

〈わかった。史花も龍樹も気をつけてね〉



少し間をおいて、
〈こんなことを聞くのは本当に気が引けるんだけど〉
と、龍樹からのメッセージが来た。



〈世奈のお父さんって、殺されたって聞いているけれどさ、それって未解決事件?〉



〈どういうこと?〉
と、世奈が返す。



〈貴子さんが【アレ】に殺されたなら、世奈のお父さんは? 【アレ】のせいってことじゃないよな?〉



そのメッセージを読んで、ゾクッと全身に鳥肌が立った。



〈わかんない……〉
と世奈。



〈でも、【アレ】がお父さんを殺したとして、何の目的があるんだろう?〉



目的……。

『顔隠しの林』の子ども達も、与太郎になりすました目的は、何だったのかな?

わからないことだらけだ。
< 4 / 10 >

この作品をシェア

pagetop